1-36 起業と閉業

聞いてみると夫の勤めている会社の早期退職希望者の募集に応じることにしたというのだ。
優子は{ それは相談ではなくて、もうすでに決めていることじゃないの }と思ったが口に出しては言わなかった。バブルのはじけた数年後のことだった。
純一によるとこの機会に今の会社勤めを辞めて、仲間と共に空気清浄機の販売会社を作りたいという。そのためには内々、仲間の協力を得ることになってはいるが、それなりに出資金がいるという。
その相談の意味というのは優子の東京に住んでいる父の須佐義三にそれらのことで相談をしたいという。
そのころ義三は東京で小さな印刷会社を経営していた。
だが平成のバブルのはじけた後、その経営の難しさを感じていた。
景気がよくなりつつあるというニュースがときには流れてくることはあるが、こんな中小企業まで景気のいい話は回ってこないだろうと思っている。
バブルの頃はさまざまな儲け話を前に人々の欲望と皮算用がうごめき、その願望のエネルギーはじわりじわりと貯まっていく。それらの儲け話の前には不安の要素が含まれているのだが、人はそれを過小評価してしまう。不安な要素よりもお金が儲かるという現象を巷に見て聞いていると自分も乗り遅れることに不安さえ感じた。なんとか何をしても稼げるはずだと思うようになるとむしろ自分か関係ないことでも儲けられるのではないかという気持ちになってさまざまな情報に耳を傾けるのだ。それに自分の仕事がうまくいった。実際に儲けに儲けたのだ。
テレビの経済ニュースが最高潮に達していた時期が続いていた。潜在的な負のエネルギーが積もり積もってまるでバネが元に戻るような力が突然おとずれてバブルがはじけたのだ。
その後の政府の景気対策は後手後手に見えたし、あてにはできないと義三は思っている。
そんなことより不安にしているのは印刷業界の流れが変わってきていることだった。
コストをぎりぎりまで落としても継続した利益が生まれそうもないし、いままでとは違う波が世間に流れ始めていると感じていた。これは景気とはあきらかに違う要素がある。
もしかすると印刷業界だけではない。
、、、、新しい波には世代交代がつきものだが、、、、、
といっても息子の光男は会社を手伝おうとしないし、いや手伝ってもらうとしても先行きの不安に悩まされることになろう。肝心の従業員も日々、勤めているだけの様子で、建設的な提案などない。
{ そろそろ、私も潮時かなぁ、、、}といつわざる義三の心境だった、、、、、
そんなとき、、、、、
娘の優子の夫である泉純一の独立の話が須佐義三のもとに舞い込んだのである。
純一と優子はともに大阪から上京してきて、独立のため、そのお金の工面と会社設立の相談に乗ってほしいというのである。
純一は空気清浄機の販売会社を東京に設立したいという。
純一の勤めている会社は空気清浄機に関する製造販売だから充分に経験があるし、数人の仲間と起業したいというのである。
空気清浄機といわれてもぴんとこない義三ではあったが、娘とその婿である純一の表情を交互に見ればなんとかしてやりたい気持ちも生まれてくる。
純一は大阪は地の利があるにしても東京のマーケットは魅力で、会社設立を東京にしたいのだという。そのために手持ちの資金などとともに義三から借りるお金でその会社の運営資金にしたいと言うのである。その新しい会社は仲間とともにつくるのだが、その代表取締役は純一になる。取締役という形で義三にも名を連ねてほしい、給料という形でお金を還流させたいと純一は申し出た。
とは言え、義三は考え込まざるを得ない、、、、、
独立という言葉は聞こえはいいが、会社経営というのは会社勤めの感覚とはまったく違う。サラリーマンから見れば会社経営はうらやむほどのお金を手にすることもありえるが、経営がうまくいかなかったり、はては路頭に迷うことにもなりかねない。まして創業となると勤め人の意識とはかけ離れている。かなり努力をしなければならないし相当の力がいる。それなりの不安な日々に悩むこともあるだろう。成功するとは限らないし、そしてそれが続くとはかぎらない。社員はそんな社長の苦労は表面は感じてもそれほど考えないものだ。社員は給料を貰えばそれなりに働いてくれるのではあるが人を動かすのもむずかしいものだった。
勝ち組、負け組みという言葉も優劣からの言葉だろうが、人々の思惑やお金にまつわる苦労を体験しているのは義三自身のはずだった、、、、、、
さすがの義三も妻の君江に相談をすることにした。
いままでの義三だったら、妻に相談などしなかったかもしれない。
しかしこの話は娘夫婦のことだし、それから今後の自分たちの生活に関わることにもなる。
このころ確かに義三としては経営の第一線から、そろそろ引退したいという気持が生じていた。
{ もしかすると、このままでは私の会社はジリ貧の状態が続くかもしれない }
と義三は経営に弱気になっている。だとしても小さいながらも自分で作り上げた印刷会社をたたむのには、それなりの踏ん切りが必要であった。
しかし優子の後押しがあった。
優子にしてみれば{ 東京に戻れるかも? }という気持ちが動いていたのである。
義三は迷った。
まずお金の工面をどうするか、、、、?その方法とは、、、

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