1-19 うむい

この日の朝、優子は幼い自分の一人娘「うむい」を母、君江に預けてきた。
母、君江にとって3才になる初孫のうむいのあまりのかわいらしさに笑みがこぼれ「一晩でも二晩でもいいわよ」と優子に答えた。ただ娘の優子の話で医者に診せたときに「ちょっとこの子は様子がおかしい、3才にしては、、、まるで自閉症かなとも思われる」と話が出たという、医者から「脳には損傷らしきものはないのですが、やはり性格なのか何かわからないけれど自閉症でしょうかね。しばらくは様子を見てみましょう」との説明を受けたというのだった。君江は医者の脳の損傷という言葉に不安がよぎったものの、それは問題ないというので安堵はした。しかし将来を思い浮かべて、おもわずうむいを抱きしめてしまうのだった。
君江は夫、義三と結婚し優子と光男の二人の子供をもうけた。優子は大学を卒業し就職したがその2年後には泉純一という男に見初められた。泉純一は生粋の大阪生まれで、大阪の会社に勤務していた。仕事の関係で優子の勤務する東京の会社にたびたび出張していて優子を見初めたのである。純一は優子に一目ぼれをしたその日には交際を申し込んだ。その後、純一は仕事上の出張だけでなく足蹴く大阪東京間を通った。当然、優子の父、尾崎義三と母、君江のところにも何度も通う熱心さで、とうとう結婚の了解を取りつけたのである。結婚後、尾崎優子から泉優子となり、夫になった純一の実家、大阪に住むことになった。純一の父親はすでに亡くなっており、純一の母が一人で住んでいた関係で純一と優子と姑と住むことになったのである。ところが1年もすると純一は仲間と共に東京で起業するといいだした。優子も姑も驚いたが、もっと驚いたのは優子の父、義三や君江だった。自分たちの娘、優子が結婚した1年後には娘婿の純一が勤務していた会社を辞めて、東京で起業したいと言い出したのである。たとえ若い二人が結婚ほやほやの身で、その翌年に起業したいというのだから親としては驚くはずである。あまりにも急で娘、優子の生活の心配がよぎったが、純一が何度か上京して義三と君江に説明し協力を求めてきたのには否定するわけにはいかなかった。というのはそのことに加えて娘の優子の妊娠が判明したのである。その結果、義三は可能な限り純一に協力すると返事した。その後、うむいも無事生まれ、純一と優子と孫娘、うむいは東京で暮らしている。君江は夫の義三と息子の光男のこれまた三人暮らしである。光男は、いまだに定職に就かずふらふらしていて頭痛の種だった。ただ娘の優子が孫娘、うむいとともに東京に住んでくれたのには心ならずとも喜んだ。
孫娘のうむいは医者から自閉症ではないかと疑われてはいるが、君江にしてみれば、別にどうということはないと思っていた。うむいが素っとん狂な声を出したり、異常な行動があるのならまだしも幼い子供にしては非常におとなしすぎて声をあまり出さない。だから自閉症というレッテルを張られたのじゃないかと思って医者の話は気に食わない。君江は今日もうむいを特別扱いをすることもなく、普通に食べさせた。
うむいが食事もお風呂も君江の言うがままするがままにおとなしくしている姿を見ているとほほえましい。君江が優子と光男を育てた経験からすれば、うむいの性格は比較的、素直であり、君江が言っていることを理解している様子で問題はないように思われた。先ほど優子が娘時代に使っていた部屋のベッドにうむいを寝かしつけてきたのである。
一方、ベッドの上に寝かされたうむいはこの部屋の雰囲気をおだやかに感じていた。
自宅ではいつも母の優子が自分をベッドに寝かせてくれるのだが、いまこの部屋の雰囲気もなんとなく似ている。だからここに寝ていても安心していられた。だいいちおばあちゃんの笑顔に接すると嬉しい。おばあちゃんは、しばらくそばにいてくれたが「後で来るからね」と言って静かに出て行った。
うむいはベッドの片方に横たわりながら、胸の上に両手を重ね合わせるようにした。それが、いつものおまじないで穏やかに眠れるのである。教えられもしないお祈りをする。小さい手を重ね合わせてお祈りをする。それは頼みごとのお祈りではない。今夜も祈りを通じて安らぎへと解き放たれていく。ちりばめられた光の数々が閉じた目の奥のほうで現れては消え、膨らんでは弾いては輝く。うむいは問い、輝きから応えは返ってくる。意念の数々が映像として現れ、のちに光の粒々に変貌して流れ去っていくのだった、、、。
夜もふけていく。午後10時を過ぎていった。
君江は後片付けを終え、うむいの部屋に向かった。うむいはベッドの中でぐっすりと眠っていることだろう。
そっとドアを開けると薄暗い明かりの中でうむいはすやすやと眠っている様子。ベッドの片方にちちゃな身体がきれいに横たわっているのが見える。君江はベッドサイドの明かりをつける。やすらかに眠っているうむいの顔を覗き込んだ。「まぁ、かわいい」すやすやと眠っている。
「、、かわいぃ、、、、うっ、、」そう言葉を切ると君江の形相がみるみる変わりつつあった。
うむいをじっと見つめ、固定したまま動かない。
うむいは仰向けで小さな両手を軽く握り合わせるようにして胸の付近において自然に寝ていた。、、しかし、、{ どういうこと?、、、いったいどうしたっていうの?}そう思いながらもうむいを揺り動かすこともできないでいる。{ なぜ?この幼い子に? }君江にはただ見つめ続けることしかできない夜になった、、、、
君江はうむいの閉じた瞳の端に涙のしずくの跡を見ていた。

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