1-9 浮気調査


喫茶店ウファを出た優子と早苗は池袋駅へと向かった。
池袋は東京の街並みでは比較的庶民的雰囲気のところである。
どこかラーメン店の多さに象徴されるように駅周辺にはたくさんの飲食店が軒を並べている。
二人は久しぶりの池袋で居酒屋に入ることにした。
まだ時間が早いのに、店内ではすでに数人の男女が酒を酌み交わしており、居酒屋特有のざわめきがひそやかに始まっていた。
その日、優子は早苗に紹介された探偵社「二人の幸せ」研究所に夫である純一の浮気調査を依頼してきた。
優子は大学卒業後、会社に就職したが2年ほどして結婚した。夫は泉譲二という。ある大手に勤める会社員だった。大阪からたびたび東京に出張してきては、当時、優子の勤め先にも出入りしていた人で、そのうちに口をきくようになったのだが、いままでに付き合ったことのある男性とは違い、やり手に見えた。出会いからの月日は短かく、なかば強引な泉譲二の結婚の申し出にとんとん拍子にことが進み、こんなに早く結婚するとは露にも思っていなかった優子だった。これも縁かなと思った。結婚後は夫の実家である大阪に姑と夫と三人で住むことになった。夫には弟がいて名古屋に住んでいる。姑は若い頃に夫を交通事故で亡くしていた。「私は「女の細腕」で、若いころから息子二人を育てたのよ。今は女が外で働くのは楽だけど、私の頃はそうそう簡単じゃなかったわ、まぁ、たいへんな苦労はしたけれど、私を助けてくれる孝行息子たちになってくれたから私も幸せ者なのよ」と自慢にした。結婚後、ほどなくて夫は脱サラして起業をしたいと言い出した。夫は以前の仕事仲間とともに東京で空気清浄機の会社を興すということだった。結婚したての時だったし、夫が大手会社を辞めて脱サラをするという不安はあったし、反対は結婚したての頃だったし、優子の実家のある東京での生活になるので最後は納得した。ほどなくして東京に移って子供も生まれた。名前を「うむい」となずけた。優子の父、久我義三と母は東京の吉祥寺に二人だけで住んでいる。は娘夫婦が大阪から東京に引っ越してきただけではなく孫娘が生まれたのを喜んだ。夫の泉譲二が東京で仲間とともに会社を立ち上げるときには優子の父である久我義三に相談した。援助もしてもらった。だが純一の会社は援助をしてもらったものの数年は芽が出なかった。その後も苦しいときに相談にのってもらっているうちにしだいに軌道に乗り始めた。しかし譲二は少しずつ事業が軌道に乗り利益が出始めてくると、いままでの態度も少しずつ変わってくるようになった。仕事の帰りも遅くなり、ときに朝帰りもするようになった。結婚したての頃に夫が依然会社勤めで大阪の実家に住んでいたときには夫が商売女に手を出したことはあった。だが商売女とわかって優子も怒りを収めたが、最近の夫にはどこか違う雰囲気を感じていた。
優子と早苗は通りすがりの居酒屋に入った。
優子は、今日あまり酒を飲む気分ではなかつたのだが、早苗と待ちあわせの喫茶店「ウファ」で、話しをしているうちに久しぶりに飲みたくなってしまった。
幼い娘のうむいは母に預けてきたので多少、遅くなっても心配はないし、夫は出張しており、数日は帰ってこない。
奥のテーブル席に落ち着くと「こんな時間から暗い話はしてもしょうがないし、探偵社からの結果が出たら、そのときに早苗に相談することにするわ」と優子は言い出して、置かれたばかりのビールで乾杯した。
酒の肴をつまみながらの目下の話題は「ジャニーズの嵐」についてだった。

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