真剣と一生懸命

1-147 真剣と一生懸命
「泉先生、、教えてください」
「私?、、何を、、それに先生って言われたことがないし、

そんなふうに言われても、、、とにかく先生というのはやめて、、、」と優子は戸惑っている。
ここは池袋にある喫茶店ウファである。
優子は大学の剣道室の片隅を借りて、内田先生に相手をしてもらって稽古を続けていた。
数日、稽古で借りるつもりだったのだが、優子の想定していたことと実際は違っていたこともあり、日にちがついつい長引いているのである。
剣道室のメインの場所では剣道着と道具を身に着けた剣道部員の男女が「やー!」「面~ン!」「小手っ!」「胴~っ!」と相手に打ち込んで練習している音がそこかしこに聞こえている。
優子は木刀で稽古している真意を内田先生に話していない。
木刀同士で試合をするとなると本気なら大きな怪我することがある。
しかし内田先生は、優子は木刀での型の練習でもしたいのだろうと高をくくっているのである。
一見、ただの剣道の型の練習か何かに見えるのであるが、優子の想いはそうではない。
木刀を真剣に見立てて相手に向かっている。
そんな優子の稽古の様子を見ていた部員たちが、帰り支度をしていた優子に声をかけてきたのだった。
どうしても話を聞かせてほしいというのである。
剣道室でそのまま場所と時間を借りるわけにはいかないという理由で何度か断っていた。
ところが今日は部員たちが、優子の帰りの道すがらも追いかけてきて執拗に話を聞かせてほしい言ってきた。
そこで、優子は近くの喫茶店ウファに入って話を聞くことにしたのである。
ところが学生たちは数人かと思いきや、結局は20人以上の男女の剣道部員たちが、ウファに入店してきたのだった。
喫茶店ウファの店長の宇多田はびっくりした。
久しぶりにあこがれの優子が入店してきてどぎまぎしていると、そのあとに次々と若い男女が入店してきたのだ。
しかも優子を囲むようにして複数の席に座ったのである。
まだ夕方になっていなくて店は空いてはいたものの、こんな時間にいっぺんにたくさんのお客が入って来たのには驚いた。
驚いている間もなく優子たちが飲み物を頼んできたので、ウェイトレス二人と共に宇多田は注文された飲み物の支度に大わらわとなった。
「先輩、いくつか質問をさせていただきたいとみんなは思っていたのです。
あまり、お時間をいただくことはしないようにしますのでどうかよろしくお願いします」と言って、男子学生が頭を下げて話を切り出した。
要は剣道部の先輩の優子が、剣道具も付けず剣道着だけで木刀での練習を始めたのはどうしてなのかということだった。
「懐かしくなって内田先生と話をするうちに稽古をつけてもらおうと思ったのよ。

私もあなたたちの頃があったものだから、後輩の様子も気にはなっていたけれどね」
「はあ、ありがとうございます。
で、先輩、単刀直入にお尋ねしますが、なぜ木刀で練習をされているのですか?」
「そうねぇ、道具をつけるとわずらわしいこともあるし、そういう練習は考えていなかったのよ」
「でも練習は道具をつけないと思う存分、打ち合えないですよね」
「はい、打ち合おうとは思っていないのです」
「、、?、、それはどうして、、ですか?」
「剣道の型を練習しようとしたのもあるわね。それと、、、」
「、、、、」
「それと思うようにできないのよね」
「思うようにできないとは、、型ができないということですか?
それはどんな型なのですか、、、?」
「わからないわ」
「はぁ?、、」
「昔は剣術にいろいろな流派があったのは、みなさんご存じですか?」
「流派ってなんですか?」
「昔のサムライたちにはいろいろな剣術の流派があったのよね、それです」
「私たちは剣道の流派とかはここにいる誰も知らないと思います。
誰か知っているか?」その男子学生はまわりを見渡すが誰も手を上げない。
「漫画か雑誌で書いてあったのを見たことはあります。五輪書とか」と言いながら一人、手を上げた。
「そうよね、それは宮本武蔵の書のことね。
説明しようにも私にもできないけれど、昔はサムライたちは真剣勝負のところがあったのよ。
その本当の真剣勝負の時には切りあうのだから命を懸けることになるでしょう。
そこでどうするかをサムライたちは日々、考えていたわけね。
そこでたくさんの流派ができたというわけ」
「私たちにはよくわかりませんけれど、テレビとか映画ではサムライたちの切りあうシーンぐらいは見たことがあります」
「でしょう。だから説明しても無駄になりますし、私も実はよくわかっていないのです」
「わかりました。それではなぜ、先輩がこの数日間その型というものを練習される必要があるのですか?」
「そうね、真剣とは何かを自分自身に問おうとしているのかもしれないわね」
「僕たちも真剣に練習しているつもりではいますけれど、、もっとも木刀でなく竹刀ですけど、」
「そうですね、皆さんは一生懸命というか真剣に練習をされていると思います。
私もみなさんのそんな練習風景を拝見させていただいて微笑ましく思っていました」
「ありがとうございます。ですが、先輩は私たちと練習や試合をして下さらない。
それは練習や試合の意味合いが違うと思ってらっしゃるのでしょうか?」
「意味合いというか真剣とか一生懸命とかの中身が違うような気がするのです。
私たち現代人と昔のサムライとを比較すること自体は、ある意味で間違ってはいると思います。

それでみなさんと練習したり、勝った負けたの試合をしてみても意味がないと思っているのです」
「えっ、、、どういうことですか?」優子に20人の熱い視線が集まった。

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