1-120 心と宇宙の原理

「チエさん、ありがとうございました。
早苗のご家族にとって、一年以上たった今もショックで憂鬱な日々が続いています。
私も学生の頃からの早苗と過ごした日々がつい先日のように思えてならないのです。
この事件は早苗が送ってくれたジャニーズの嵐を撮ったビデオの中にうっすらと映っていた男の関係から端を発しているような気がします。
早苗がシンガポールで殺害された一年後に私たちは、早苗が行動した経路を同じようにたどろうとシンガポールに行ったのです。
これもやはり早苗が導いてくれたように思えてならないのです。
早苗の事件での疑問の一つは、殺害した犯人は誰なのかということとその動機です。
もう一つの疑問は、早苗が白骨化した遺体で海から発見されたときに早苗が両手で組んでいたあの組手についてです。
私はその組み方を旅の途中で知り合いになった聾唖者の母親から「愛」ではないかと示唆されました。
私はそのことに衝撃を受けました。
しかしもしそうであったとしてもまた疑問が持ち上がってきました。
その両手はいつどのようにして組まれたのかということです。
シンガポール警察側では、その組手は生前も死後も不可能という見解でした。
いまだに世界の誰も解明していない、解明できない謎だと言っているのです。
しかし現実にそうなっているのにです。

まさか、殺害した後、白骨化するまで待って、それから海から再び白骨化した遺体を引き上げる。

両肘関節を傷つかないように離して、両肘から両手先までを体前方に持っていき、白骨化し固定化し硬くなっている両手指の骨や関節を動かして組手をさせる。

さらに再び遺骨をもとのように戻して袋に入れて海に沈めたなんて、よほど意図的な理由がない限りそんなことはしないし狂気の沙汰とでもいうべきでしょう。

また暗示ということで思い出すのは、早苗が殺害される事件の数カ月前、私が早苗と最後に会った日のことです。
その日、私は学生の頃、みんなでよく通っていた喫茶店ウファで早苗と待ち合わせをしていました。
二人はそこでお茶した後に近くの居酒屋に行ったのです。
久しぶりに早苗と共に居酒屋で飲んでいるとその隣でさかんに議論している学生さんたちがいました。
私たちは隣の学生たちの議論の声が大きかったので聞くともなしに聞いておりました。

その学生さんたちの中にミハナという愛らしい女学生がいまして、議論が熱くなっているさ中、ミハナさんが人間の哀しみに触れた話を始めたのです。
ところがしばらくすると私の目の前に座って飲んでいた早苗の瞳から涙が流れだしたのです。
そのような早苗の様子にまるで誘われるようにいつのまにか私自身も泣いてしまったのです。
そんなしんみりとしていた私たち二人を見てその隣のミハナさんまでが私たちの様子に気づき問いかけてきてきました。
片言話をしていると今度はミハナさんもまるで私たちに共鳴するかのように涙を流し始めたのです。
そんな感じで私たち三人はそれからとめどもなく泣きじゃくるように涙が止まらなかったことを思い出します。
それは私たちが生きていること、そして人の哀しみの琴線に触れたのだと思います。
人は幸せに生きたいと思っているけれども現実には誰しもそう簡単にはいきません。
人間関係だとか、生老病死だとか、正義と悪欲との戦いとかとでもいうのでしょうか。
多くの人は幸せと平和を求めているけれども、虐めたり、暴力をふるったり、はては殺人まで犯してしまう人があるのです。
そういうことは誰でもが悪い事なのかということが分かっているのです。
人間関係や組織などでは最初、一部の人たちのごたごたや争いごとに端を発していることが多いものです。
虐めや差別、争いごとやあるいは一部の権利や利権を持つ人々が引き起こすことが、ついには市民の間で喧伝されては拡大されていきます。
そのような情報は無礼だとか、理不尽だとか、差別だとか、違法だとか、侵害だとか、いろいろな市民の感情を呼び起こすことにたけているのです。
何処の国にも平和な人たちだけでなく、悪だくみをする人たちや過剰な意識を持った人たちがいます。
その悪だくみや過剰な意識をもった人たちが、いつのまにか市民の感情に訴えかけて、ついには国の総意を取り付けることがあります。
ついには紛争や戦争に仕向けたり、ある目的をもって侵害をしてくることがあります。
するとそれにまた過剰反応するような人たちも出てきて、ついてには市民の中の悪感情にたけた人たちの訴えかけで善良な一般市民まで巻き込んで加速してしまう。
するとそれが市民全体の意志だとか指向性をもつ雰囲気になってしまう。
歴史を改ざんしたり教育まで影響を及ぼしてしまう。
逆にその雰囲気に協調しないと今度はその人までが非国民だとまで言われてしまう。
昔の状況を現在の人たちの現在の認識で判断するような情報操作も行われることがあります。
それでもほんの一部には冷静に客観的に考えている人たちがいます。
しかしその声は嘘つきだとか非国民だと言われて非難されたり無視されてしまうことでしょう。
もし国を超えて侵害してくるものであれば、侵害される側で冷静に対応する準備さえ整っていさえすれば、右往左往することはありません。
しかし準備が整っていなければ、不安なのですから騒ぎ立てるものです。
維新の際の日本は、欧米列国が迫ってきても侵略された他の国々との違いを見せました。
当時、欧米の世界の各国への侵略はすさまじいものだったようです。
欧米列国はインドや中国のような大きな国からアフリカや遠い国々にまで侵略を続けていたのです。
しかし侵略されそうになった日本の武士たちのとった行動は他の国々とは違いました。
尊王攘夷だった武士の声が、実際に諸外国との小さな戦いを経験するうちに、のままでは日本が危ないということに切実に考えます。そして日本を救う他の方法を考え出すのです。
すると天皇のシステムが動き出します。
尊王の錦の旗をもって、対応できない幕府を倒すことになったのです。
遠い日本の昔、オリジナルティに富んだこのシステムが二千年後の危急の際に動き出したのです。
そのシステムを使い、錦旗の御旗を立てて武士たちは動き出します。
そしてとうとう志高く幾多の礎になった人たちのおかげで幕府を倒し維新になったのでした。
ですので新政府になると、攘夷はせずに欧米の国々へ使者を訪問させます。
その国々で学んだいいところを日本の国に持ち帰って実際に生かしたのです。
それも日本的に改良して。
日本人の気性は、たとえ戦いに勝っても負けても相手を尊重すべきところは尊重するものです。
正義や礼儀を重んじたり、進取の気性や国を思う気持ちは現代も引き継がれています。
私と早苗は居酒屋をあとにして早苗の部屋で飲みなおしたときにそんな話をしていたのです。
そして危機に陥りそうなときの日本人の行動は模範とすべきところが大いにあると気づきます。
サムライたちが刀を抜き刃を交えて戦い、たいへんな犠牲者の礎のおかげで維新を達成したのです。
私たちはその日、そんな話から、心も体も人の行動も組織や国の動きも似ているし、このときの良きサムライの志は非常に参考になると話し合ったのです。
そして心と肉体の作用は自然界と宇宙と同様の原理の中で働くのだろうと一致したのです。

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