1-106 人生の苦しみをとぎほぐすarashi


優子と織江は日本に帰るシンガポール航空の機中の人となっている。
珍しいことだが、日本からシンガポールへと旅立つときに乗っていた幼い男の子と母親が再び日本に帰るこの飛行機に同乗していたのである。

この機中でもあの親子は楽しそうに戯れている。
ただよく見てみると男の子は「キャッ、キャッ」のような絞り出すような声を出して笑っていたが、それに応じて母親はニコニコしながら無言で何か手を使い仕草をしている。
{ あぁ、あの子はもしかすると聾唖 ( ろうあ ) の子だったんだ }
優子はその親子の様子を見やりながら、トイレから自分の席に戻って行った。
人は、ちょっとした瞬間に同じような人々と出会うことがある。
縁。
縁といものはいろいろな形態がある。
瞬間にすれ違い去っていく人たち。
再び会うことのない縁の薄い濃い人たちが人生にはたくさんある。
あの親子は二度だが見かけただけである。
相手は気づかない。

会話をしたこともない。

再び死ぬまで会うことはないだろう。
そう思えば知り合っている人たちがいかに自分の運命に関与しているのかが感じられる。
優子には、まるで早苗がシンガポールへと誘ってくれていたように感じていた。
もう会うことはない早苗だが、縁は濃かった。
どうしても早苗の死の解明と彼女の心境を感じたいと思って旅立ったのだった。
優子と織江は、日本からシンガポールへ飛び立つときも早苗の死に気持ちが沈んでいたが、こうして日本へ帰る機中の人になってもやはり悲しみは増すばかりだった。
人の運命というのは何なのだろう。
生と死はどういうことなのだろう。
人生の苦しみを解きほぐすことばどのようにすればいいのか。
二人はリクライニングを倒して目をつぶっている。
そして日本から持ってきたジャニーズの嵐の歌をヘッドホンで聞いている。
嵐の歌には人生を明らかにする突破口のようなものがあるように見受けられる。
早苗は嵐の明るい歌、美しい歌が大好きだった。
嵐は嵐ファンを楽しませ勇気づける。
人々は好きになる。
だから世界中の多くの嵐ファン同士も仲が良い。
嵐とそのエンタテイメントに携わった人々に「ありがとう」と言っておきたい。
もしかすると早苗は今も優子と織江と共に一緒に嵐の歌を聞いていてくれているのかもしれない。
優子と織江は新型インフルエンザの検疫での結果は陰性だった。
豪華客船ピュアプリンセス号から解放された二人は、その足でシンガポール警察に向かった。
早苗の事件担当の陳警部は言葉少なだったが、二人からの事件の情報提供に喜んだ。
ミセス、ジュリア ( 張、ジュリア ) の死で、それに関してもシンガポールの警察も動くことになる。
事故死なのか他殺なのか。
ジュリアの夫である王紅東はピュアプリンセス号がシンガポール港に到着すると乗船してきた。
船が到着する前に妻の不幸の知らせを受けたのだろう。
ジュリアの両親も駆けつけることだろう。
それにしてもミセス、ジュリアの死には驚きだった。
それにいつも同行していたあの男。
太り気味で170cmほどで眼鏡をかけた40代後半の神経質そうなあの男の名前は李光洙 ( リーガンス )ということが日本のオフィサーソフト社の如月専務からのメールでわかった。
早苗がジュリアと李と関係していたとすれば、早苗が勤めていた日本のオフィサーソフト社とシンガポールのDragon社の仕事に関して知り合ったに違いない。
そのことで李はシンガポールに来ていた早苗とその仕事の約束前にペナン島で会っていたはずなのに、まったく知らなかったという嘘の証言を警察にしていたのだ。
シンガポール警察にとっては新しい事実だった。
あのパティオパーティでの李が優子を見た時の表情の変化が忘れられない。
優子は初めて会ったというのに彼は優子のことを知っていたという態度だった。
どこで優子のことを知っていたのか?知っていたとしても顔を覚えていたとは。
ジュリアのほうは優子を見た時には初対面の態度だった。
しかし優子がジュリアの耳元で早苗のことを囁いたときのジュリアの態度は異様に変化した。
ジュリアと李は早苗と関係していたということになる。
どんな事情が早苗の悲惨な死に関係していたというのだろうか?
優子は亡くなった早苗が、さも一緒に嵐の歌を聴いているように身近に感じていた。

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