1-67 老後


人は身体のそこここが思うようにならないようになると歳を重ねていると気づくものである。
自分たち夫婦が若いころ・・・・それは戦後復興期の経済は右肩上がりの波が続いた。
君江は君江なりに夫の経営する印刷会社の仕事を手伝い、家族の世話もして二人の子供を育ててきた。
しかし二度のオイルショック以降はそれなりの頑張りがなければ生き残れないと君江でさえ感じていた。経済の波や取引先の倒産などさまざまな問題が聞こえてくる。
バブル前後のときは土地の買収を仕掛けられたり、さまざまな経験もしてきた。
「苦労、苦労はなにいとわねど苦労しがいのあるように」という川柳を思い出す。
時代は変わっても人間の願いは変わらない。やはりお金は生活の大前提となる。
子供たちにはそんなお金の気苦労をなるべく見せないようにしてきたつもりだった。
嫁に行った優子とその夫の純一は、結婚当初は実家がある大阪に姑と住んでいたが、東京で独立する時期には孫のゆむいは東京で生まれ、今はもう3才になっている。
純一の会社「エアプリティ」も独立して3年くらいになる。創業ということで当初、資金繰りも大変で、義三に創業資金の一部を借りたこともあってほそぼそと経営を続けていたが、最近は景気のいい話が進んでいるように聞いている。もし純一が言うように東京本社だけでなく全国に支店を作れるようになるのならたいしたものだと思う。ただその場合は優子たちは姑の住んでいる大阪の実家へ再び戻ることになるかもしれない。
東京で生活している娘夫婦にはできるだけのことはしてやりたいと義三と君江は話をすることがある。会社が伸び盛りならばまだいいが、いいことばかりが経営ではないということは夫の義三が日頃から言っていたのだった。
君江にとっては年相応の痛みなどはあるが大病になっていない。夫の義三は神経質なこともあるが、なにかあれば医者に駆けつけいくつかの薬をもらい飲んでいる。

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