1-110 違和感

嵐の歌を聴いているうちにいつのまにか眠り込んでいた織江は目を覚ました。
隣を見るとあの気丈な優子が目を閉じ、ときに小刻みに震えている。
一筋の涙が見えた。
織江は前を向きなおし再び目を閉じた。
嵐の歌を消した。
織江にしても早苗の事件には違和感があった。
笑顔で誰とでも感じよく接していた早苗を知っている織江としては、何かがおかしいと思っている。
シンガポールという異国での仕事の関係者たちが早苗の事件の重要な容疑者だとは考えもしていなかった。
織江は今回、シンガポールへ旅立つ前に一通り、シンガポールのことは調べていた。

シンガポールは土地面積が小さく、飲み水だけでなく資源もほとんどない多民族の国である。
しかし国の命運をかけて、世界のNo1の頭脳都市を目指しているという。
そのために世界各国の情報を集め、未来産業の核となるため、先進的な事業の頭脳となる人材を世界各国からスカウトしている。
実際、多くの日本人も研究のために多額の金額を提示され仕事をしている。
しかし契約期間の中で実績を得なければならないという不文律がある。
となると厳しい研究や仕事になるに違いない。
しかしそれを乗り越えていけば、大きなチャンスが広がっている。
シンガポールで日夜、血まなこになって研究に没頭せざるを得ないのだ。

このような基盤を作ったのは初代首相のリー・クアンユー(1923年9月16日~2015年3月23日)だった。

戦後の日本では戦略性を持った政治家の一人に田中角栄がいた。
しかし最後にはアメリカからの情報からロッキード事件により失脚してしまった。
織江の父母は、そのロッキード事件での当時のマスコミ報道について違和感を言っていた。
確かに田中角栄はお金の集め方や使い方が半端じゃないとマスコミや本でも情報が流れていた。
だがこの件は怪しい、眉唾ものだと。

アメリカの罠なのではないかというのである。

その情報と発覚の発端はアメリカからだったからでもある。
アメリカの内部からではいくらでも操作できる。
アメリカは自国の内政と共産国との覇権力を検討しながら、詳細な戦略を練っていく。
ヨーロッパや他国との情報網をもつないで連携している。
第二次世界大戦敗戦国の日本は、アジアの防衛権を守るアメリカのパートナーとしての地理的、政治的な重要な位置になっていた。
日本のさまざまな媒体は、現在でもアメリカの戦略と情報の一部に取り込まれている。
田中角栄は、任侠のある強烈な日本思いの政治家だった。
「コンピューター付きブルトーザー」とも言われ繊細かつ大胆に国内政治を行った。
田中は良かれと思ったことは自分なりにちゃんと調べたうえでどんどんやる。

そのための潤滑油として政党を問わず、じゃぶじゃぶお金を使ったのである。
首相になり飛ぶ鳥を落とすような勢いのあった田中は、日本経済を伸ばす活路を考えた。

それまで友好でなかった共産国の中国に手を伸ばそうとしたのである。
第二次世界大戦後に中国は、ロシアの影響を受け共産国になった。
しかし共産圏の仲間入りをした中国の産業はあまり芳しくない。
中国もいくつかの悩みを抱えていたが、日本からの友好条約の話は渡りに船だったのである。
一方、アメリカは成長著しい日本にきつい要求を続けていたのは戦略上の一つだった。
それにしても高圧的なアメリカの要求や操作する態度には辟易することもある。
そんなときに日本の将来のためと考えた田中は中国との友好を考えたのである。
田中はアメリカと十分に議論や調整をしないままに事を進めて中国と友好関係を取り結んだ。

そのことがアメリカの戦略を指示していた主要なメンバーの怒りに触れたのだ。
当時の日本の官僚やマスコミや市民のほとんどの人が気づかなかったが、そうでない人たちもいたはず。

ロッキード事件については一部の人たちは密かにいぶかしんだはず。
多くの人に感じられずに田中という政治家を一般市民から見放されるように仕向けて行った。

そういう政治的、情報操作についての日本人の反応は世界から見れば、敗戦国であった日本はあまりにもアメリカに手なずけられた幼児であるかのように情緒的に感じられた。
その点、小国ではあるが独立自尊の経済力をつけようとするシンガポールのリー・クアンユーは複眼的な眼をくばりながら着々と実力をつけていった。
リー・クアンユーはたびたび日本を訪れている。
その著書を読むと日本の成長の秘密を取り入れているかのように思えた。
まるで日本の歴史から醸し出される高度な精神世界を垣間見た、シンガポールのサムライのように。

そんなシンガポールの地で一日本人女性が、残虐な事件に巻き込まれたのだった。
北朝鮮の日本人拉致被害者の件でも表面上の日本政府はこじんまりとした動きのように思われる。
織江は早苗の事件でも違和感と焦燥感を感じていた。

何かおかしい。

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