1-21 嵐の海外ツアー


早苗はウファに入店してきた優子に手を振った。
宇多田はすれ違いに優子に会釈をしながら早苗のテーブルから遠ざかった。
優子は「あ~、暑いわね、今日も、、、」と言いながら早苗の向かい側に立ち「それでね、今日は悪いんだけど少し早めに帰ることにするわ。あの調査結果がでたのよ。帰って資料を見ようと思うの」
「わかった。でも少しの間、お茶ぐらいいいじゃない?」
「そうね、、すみませんトマトジュースをお願いします」と優子は通りがかったウェイトレスに注文した。
「で思わしくない結果が出たってことね」
「そう、、、」
「困ったわね、、、」
「それであなたのほう、嵐のコンサートの予定は決まったらしいわね」
「そうなのよ。でもそんな話をしてもしようがないわね。こんなときに」
「うぅん、大丈夫、少し話してよ」
2008年8月下旬に突然、ジャニーズ事務所は、嵐の台北、ソウル、上海でコンサートを開催するという発表をした。そして嵐の会員からオフィシャルツアーの参加希望者を募り、その抽選が9月中旬という短さであり、10月上旬には最初の台湾の台北コンサートを開催するというのだから、まさに早業だった。それに台北、ソウル、上海公演までの日にちが、あまりないのが頭痛の種だった。
「まずはオフィシャルツアーに選ばれるかよねぇ、、」と優子が水を向けると。
「やっぱり嵐の会員数はうなぎのぼりに増えているらしいわ」と早苗は応えた。
「半端な数ではないから。2年前の嵐の海外ツアーとはまったく違うということね。そのころの海外ツアーに申し込んだ人のほとんどがオフィシャルツアーに参加OKだったらしいけど、、」
「そうなのよ。ツアーの人たちには現地での嵐主催の集いも開かれて握手なんかもできたらしいのよ」
「だけど今回は難しいということ?」
「もしかするとおいしくないかも?」
「それでも何か楽しいことが待っている?」
「でしようね。古いファンを大切にするって聞いたことがあるしね。ツアーに参加すると何がしかの楽しみがあるし、、」
「それもツアー当選したらの話ね」
「そう、ツアーに外れた場合、他でチケットを手にいれなければならないし、航空券とホテルの手配もしなければならないけれど日にちがあまりないのよ」
「そうね、悪いけど私のほうは行くかどうか明日までに返事をするわ」
「うん、わかった。無理しないでね」
しばらくの間、宇多田はそんな早苗と優子の様子を遠くから眺めていたのだが、用事をしているうちに優子だけが店を出て行くその後ろ姿を見てしまったのでうろたえた。
宇多田は急なことでどうしたらいいのかわからなくなった。早苗は座ったまま携帯電話を操作している。宇多田にとっては今日の優子の行動は想定外のことだった。たとえこの場で宇多田が直接、優子に想いを伝えることはできなくても、もしかしたら早苗が宇多田のために何かと気を使ってくれると思っていたのだった。しかし優子がいなくなった今、気をもんだ宇多田は早苗に尋ねてみると優子は急用ができて先に帰ってしまったというのだった。それならば、宇多田はこの機会に早苗に伝えておきたいことがあった。早苗のほうは先週までの忙しい日々が一段落していたし、今日このあと優子との予定を入れいたのが、急に帰ってしまったので、宇多田の外での待ち合わせの申し出に「いいですよ」と軽い気持ちで了解をした。

早苗は宇多田との約束をして先に喫茶店ウファを出た。
宇多田は喫茶店ウファでの仕事を早めに切り上げ、後のことをスタッフに手配したあと店を出た。待ち合わせの場所に向かう。約束の場所は池袋駅近くの居酒屋にしていた。もうすでに夜になっていたし、喫茶店というよりも居酒屋で軽い食事でもと宇多田は早苗を誘ったのである。宇多田が店に入ると早苗はまだ来ていなかったが、駅近くのこともあり、帰宅前に一杯やろうというビジネスマンやOLがぞくぞくと入ってきつつあった。
宇多田が席に着き、注文をしていると早苗が入ってきた。宇多田は待ちかねたようにすっくと立ち上がり、早苗に軽く会釈をすることで迎え入れた。
「すみません。時間をつくっていただいて」
「いいぇ、ちょうどいい機会かもしれませんよね」
「あ、はい。もう少し話をさせていただきたいと思いまして」
「宇多田さんのお話を聞かせていただいてびっくりしましたわ」
「はぁ、、、」
「でも今日は優子にあなたのことを話すことはできなかったんですよ」
まずはテーブルに置かれたビールで乾杯をすることにした。
しかしこのあと衝撃的なことを聞くことになる。

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1-20恋する人への想い


優子と早苗が先日、7年ぶりに訪れた喫茶店「ウファ」。
その帰り際の優子は「また伺います」言ってくれたのだが、店長の宇多田は不安な気持ちで過ごしてきた。その言葉を頼りに待つ身の不安とうきうきした気分はあったものの、これまでの歳月が人の言葉を疑うということを学ばせていた。宇多田にとっては劇的な先日の再会ののち、今度会える日はいつなのかと、いままでの気の遠くなるような日々を過ごしてきた7年もの経緯があったのである。しかし先ほど優子の親友、早苗が入店してきたのである。宇多田は「あっ」と心が躍った。座席に座ろうとする早苗に「お一人ですか」と尋ねてみると「ええ、優子とここで待ち合わせなんですよ」とのことだった。連日の蒸し暑い日で外は明るかったが、店内は勤務帰りのOLたちで込み始めていた。
ウェイレスが早苗の注文したコーヒーをテーブルに置いたあと宇多田は矢も立てもしておられず、ふたたび早苗に話しかけることに決めた。
早苗のほうも手持ちぶたさの様子だったから宇多田との会話を楽しんだ。話をしているうちに「宇多田さん、あなた、、もしかしたら、優子のことを好き?なんでしょ?」とカマをかけられた。宇多田にしてみれば、自分のはずかしさを見透かされたような感覚があったが、早苗の口から言って貰えて助かったようにも感じたのである。優子への想いを本人に伝える前に早苗からそう指摘されてみると、いままで秘密にしていたことに気恥ずかしさが胸を締めつけただが、それとともにうれしさがこみ上げてきたのは自分でも不思議だった。それに宇多田の頬はしだいに赤く染まっていく。いままでは告白できなかったものの、約束どおり優子が来てくれたら、今度こそチャンスを逃すわけにはいかないという気構えをもっていたのだが、目の前の早苗と話をしているうちに少しずつ変化していく。早苗が明るいあっけらかんとした性格に思えたし、宇多田は自分の想いを早苗がうまく優子に伝えてくれるかもしれないと感じたのである。もしこのあと優子がこの店に現れても宇多田は自分の想いを直接、伝えることができるかどうか、本当はそんな弱気も実は生じていたのである。
{もしかすると優子への想いを早苗に伝えればなんとかなるかもしれない}と感じ始めていた。
そして、、、思い切って早苗に話すことにしたのである。
宇多田は自分の連絡先を書き入れた名刺を早苗に渡しながら、
「はい、実はあの、、ずっと前から優子さんに恋焦がれていたんです、いままでそのことを伝えられなくていたんです」と早苗に単刀直入に言ってしまったのである。そう言い終わるといままでの心の奥の硬い塊が急に溶け出していくのを感じた。返答を待つ宇多田の心が右往左往している。
早苗は見上げながら「へぇ~っ、、」と宇多田の顔をしばし見つめ、いたずらっぽく話しかけた。
「宇多田さん、恋人はいないの?」
「も、、もちろんいません、、、」
「でも何年もっていうことじゃないんでしょう?」
「いえ、、、、」
「少しはあつたんじゃないの、、、、、」
「いえ、ないです、、、、」
「もう何年もの間、優子のことを好きだったてこと?」
「、、、、、」
「うふっ、、、宇多田さんは優子のどんなところが好きなんですか?」
「どんなところって言われても、、、」もう真っ赤になっている。
「それにしてもあの頃から、いままで?」
「はい、、、」宇多田は小学生のようにもじもじしている。
この店で働いている女の子たちは、遠くからちらちらと宇多田と早苗の様子を眺めている。
とそのとき「あつ、、、来た」早苗は小さく叫んだ。

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1-19 うむい

この日の朝、優子は幼い自分の一人娘「うむい」を母、君江に預けてきた。
母、君江にとって3才になる初孫のうむいのあまりのかわいらしさに笑みがこぼれ「一晩でも二晩でもいいわよ」と優子に答えた。ただ娘の優子の話で医者に診せたときに「ちょっとこの子は様子がおかしい、3才にしては、、、まるで自閉症かなとも思われる」と話が出たという、医者から「脳には損傷らしきものはないのですが、やはり性格なのか何かわからないけれど自閉症でしょうかね。しばらくは様子を見てみましょう」との説明を受けたというのだった。君江は医者の脳の損傷という言葉に不安がよぎったものの、それは問題ないというので安堵はした。しかし将来を思い浮かべて、おもわずうむいを抱きしめてしまうのだった。
君江は夫、義三と結婚し優子と光男の二人の子供をもうけた。優子は大学を卒業し就職したがその2年後には泉純一という男に見初められた。泉純一は生粋の大阪生まれで、大阪の会社に勤務していた。仕事の関係で優子の勤務する東京の会社にたびたび出張していて優子を見初めたのである。純一は優子に一目ぼれをしたその日には交際を申し込んだ。その後、純一は仕事上の出張だけでなく足蹴く大阪東京間を通った。当然、優子の父、尾崎義三と母、君江のところにも何度も通う熱心さで、とうとう結婚の了解を取りつけたのである。結婚後、尾崎優子から泉優子となり、夫になった純一の実家、大阪に住むことになった。純一の父親はすでに亡くなっており、純一の母が一人で住んでいた関係で純一と優子と姑と住むことになったのである。ところが1年もすると純一は仲間と共に東京で起業するといいだした。優子も姑も驚いたが、もっと驚いたのは優子の父、義三や君江だった。自分たちの娘、優子が結婚した1年後には娘婿の純一が勤務していた会社を辞めて、東京で起業したいと言い出したのである。たとえ若い二人が結婚ほやほやの身で、その翌年に起業したいというのだから親としては驚くはずである。あまりにも急で娘、優子の生活の心配がよぎったが、純一が何度か上京して義三と君江に説明し協力を求めてきたのには否定するわけにはいかなかった。というのはそのことに加えて娘の優子の妊娠が判明したのである。その結果、義三は可能な限り純一に協力すると返事した。その後、うむいも無事生まれ、純一と優子と孫娘、うむいは東京で暮らしている。君江は夫の義三と息子の光男のこれまた三人暮らしである。光男は、いまだに定職に就かずふらふらしていて頭痛の種だった。ただ娘の優子が孫娘、うむいとともに東京に住んでくれたのには心ならずとも喜んだ。
孫娘のうむいは医者から自閉症ではないかと疑われてはいるが、君江にしてみれば、別にどうということはないと思っていた。うむいが素っとん狂な声を出したり、異常な行動があるのならまだしも幼い子供にしては非常におとなしすぎて声をあまり出さない。だから自閉症というレッテルを張られたのじゃないかと思って医者の話は気に食わない。君江は今日もうむいを特別扱いをすることもなく、普通に食べさせた。
うむいが食事もお風呂も君江の言うがままするがままにおとなしくしている姿を見ているとほほえましい。君江が優子と光男を育てた経験からすれば、うむいの性格は比較的、素直であり、君江が言っていることを理解している様子で問題はないように思われた。先ほど優子が娘時代に使っていた部屋のベッドにうむいを寝かしつけてきたのである。
一方、ベッドの上に寝かされたうむいはこの部屋の雰囲気をおだやかに感じていた。
自宅ではいつも母の優子が自分をベッドに寝かせてくれるのだが、いまこの部屋の雰囲気もなんとなく似ている。だからここに寝ていても安心していられた。だいいちおばあちゃんの笑顔に接すると嬉しい。おばあちゃんは、しばらくそばにいてくれたが「後で来るからね」と言って静かに出て行った。
うむいはベッドの片方に横たわりながら、胸の上に両手を重ね合わせるようにした。それが、いつものおまじないで穏やかに眠れるのである。教えられもしないお祈りをする。小さい手を重ね合わせてお祈りをする。それは頼みごとのお祈りではない。今夜も祈りを通じて安らぎへと解き放たれていく。ちりばめられた光の数々が閉じた目の奥のほうで現れては消え、膨らんでは弾いては輝く。うむいは問い、輝きから応えは返ってくる。意念の数々が映像として現れ、のちに光の粒々に変貌して流れ去っていくのだった、、、。
夜もふけていく。午後10時を過ぎていった。
君江は後片付けを終え、うむいの部屋に向かった。うむいはベッドの中でぐっすりと眠っていることだろう。
そっとドアを開けると薄暗い明かりの中でうむいはすやすやと眠っている様子。ベッドの片方にちちゃな身体がきれいに横たわっているのが見える。君江はベッドサイドの明かりをつける。やすらかに眠っているうむいの顔を覗き込んだ。「まぁ、かわいい」すやすやと眠っている。
「、、かわいぃ、、、、うっ、、」そう言葉を切ると君江の形相がみるみる変わりつつあった。
うむいをじっと見つめ、固定したまま動かない。
うむいは仰向けで小さな両手を軽く握り合わせるようにして胸の付近において自然に寝ていた。、、しかし、、{ どういうこと?、、、いったいどうしたっていうの?}そう思いながらもうむいを揺り動かすこともできないでいる。{ なぜ?この幼い子に? }君江にはただ見つめ続けることしかできない夜になった、、、、
君江はうむいの閉じた瞳の端に涙のしずくの跡を見ていた。

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1-18 天界の光


早苗はそのままじっとしている。一滴、瞳からこぼれた。うつむき加減の頬からあごの先端に向って涙が伝ってはこぼれ落ちはじめ、頬に伝っては流れるさまは細い川のようになっていく。
そんな様子の早苗に気づいた優子もなにかしら痺れるようなたたずまいを見せた。
居酒屋特有のざわめきの中で二人は静かだった。
隣で議論していた男子学生の一人がそんな早苗と優子の様子に気づいた。
「えっ、どうしたっていう」しばらくすると幾人かの学生たちにも伝わり、早苗と優子の様子を隣のテーブルからちらちらと窺いはじめた。
学生たちがちらちらと気にしはじめたことに気づいた優子は「なんでもないのよ、思い出話をしていただけなの」と片手を振りながら、隣の学生たちにわずかに応えられたのだが、涙が止まらずにいる。
「すみません、もしかして私たち、何か気に障るようなことを言いましたでしょうか?」と女学生の一人が優子と早苗に声をかけた。早苗は「いや、違うのよ、、、、、なんでもないの」とやっと答え、一呼吸おいて「、、、、ただ、、、あなたの「愛」という言葉に、、」と呟いた。
「えっ、、、、、」と言って、早苗と優子を見つめていた女学生は身じろぎできずにいる。
しかし、しばらくするとその女学生も自分の顔を両手で覆ってしまった。
混雑する店内には沈黙する小さな場が生じている。まわりで見ている学生たちはなぜ三人が涙しているのかわからず、きょとんとしている。
人は人の心情のどこかに触れることがある。たとえそれが互いに知らない人たちであるにせよ。見ず知らずの女学生が優子と早苗のそばで泣きはじめたのである。その三人の溢れ出す涙は互いの接点を感じあいながら、それぞれの哀しみの中にいるのかもしれない。
「ごめんなさい、、私、そんなつもりじゃなくて、、、」とその女学生は声を詰まらせながら優子と早苗に向かって呟いた。
「おい、どうしたんだよ」と隣席の学生がその女学生に声をかける。
優子は立ち上がりざま「ごめんね、お邪魔しちゃって。もう9時すぎたわ、そろそろ帰りましょうか?」と優子は早苗を促した。女学生は顔を手で覆ったまま「いやいや」するように顔を振る。この三人の様子を見つめるまわりのお客の目は増えていった。
優子と早苗はレジに向かった。二人のあとを追うようにその女学生もついて来る。
そして泣きじゃくりながら早苗の背中越しに話しかけた。
「ごめんなさい、、、、、、何か思い出せさてしまって、、、」
「いいえ、、あなたの言葉が、、私に伝わってきたのよ、、人の哀しみと優しさに触れた感じがしたの、それが私にとって、とても大切なことだと思ったの、むしろ嬉しかったの。ごめんね」
「いいえ、、、私も、なぜだかたまらなく切なくなってしまったんです、、、ごめんなさい、、、」
その女学生は頭をちょこんと下げた。優子にはその女学生のしぐさがかわいらしく見えた。
早苗はそばにいて、ハンカチで目頭を押さえている。
レジで優子は勘定を支払った。レジ係の女性はおつりとレシートを優子に渡しながら、ちらりと見上げたがすぐに目をそらした。
三人を乗せたエレベーターは地上に降りていく。
少しは落ち着きを取り戻したものの、三人ともまだ涙がとまらない。
ときに思うようにいかない人生、それぞれの哀しさを感じている三人は接点を求めて交錯させていた。
地上に到着したエレベーターのドアがサーッと開き、生暖かい夜風が三人を迎え入れる。
「ありがとう、、、あなた、、、学生さん?」優子は尋ねる。
「ええ、、、、演劇を勉強しています」あふれ出る涙を拭きながら、その女学生はようやく応えられた。
「やっぱりね、私もそう思ったの」少し微笑みながら優子は言った。
「はぁ、、、、、、」
「失礼ですけど、、お名前は?」
「ミハナって言います、ミハナエリカと申します」
「まあ、素敵なお名前ね、、、私は泉優子、こちらは愛早苗さん、またご縁があったらお会いしましょうね」
「ぁ、はい、、、、」
「それじゃあ、、、ね、 さようなら、、、」
「、、、、」
エリカは両手で顔を覆いながらうなずいた。
早苗もまたハンカチで目頭を押さえながら、女学生に別れを告げた。
二人は何度か振り返っては女学生に手を振った。
{ さようなら、、、かわいい人、、}優子は心の中で呟いた。

地上では人々を照らすほど 天空の星々を見えにくくする

杖を頼りにさまよう子供たち  笑い顔が失せている

冷たい道端に一粒の食い物らしきものを探す日々、、、

権力と物欲の争いに巻き込まれ、嫉妬と強奪、暴力が心をも蝕む

人が人を疑い 組織的暗闇へと引きずり込まれる

よき人の口はふさがれ苦悶の日々をおくることになる

時は立ち止まり希望が立ち消え、欲望が渦巻いている

苦しみと暗闇がさらに深く広がっていく  

良き人はもうなすすべがなく、絶望のどん底にたつ。

その現実をあるがままに見ているとき 天界は動きだ

す。

天空から舞い降りる者がいる。 

光は光との絆があるように。

輝く星たちは使命をもって良き人の心にあらわれる。

その閉ざされようとする心に光をともすために。

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1-17 悲しみと慈しみの琴線


「ただ私は人々の中にいても人は孤独を感じているのじゃないかと思っているの。インターネットでコミュニケーション的なものが盛んなのは、便利だとか楽しむことがあるのだろうけれど、人は人とつながりをもとうとする気持ちが強いからだと思う。そのつながりを通じて自分のことをわかってほしいとか、生きる支えがほしい、支え合いたいという人間の底辺に流れている欲求があると感じるの。いつの時代もどこに生まれてきたとしても、、、」
「おいおい。戦争の話が、いつのまにか人間の心の問題になっちゃってないか。人はそれぞれに生きているんだし、そんなこと個人の感受性の問題だから、それは別個に考えておくほうがいいんじゃないか?」
「喧嘩したって命とりになることもあるし、通りすがりに気にさわったら、行きかう人も浮浪者でも殺してしまうこともあるのが現実さ」
「人は顔が違うように感受性も違う」
「ただ人間ってどういうものなのかなぁと、ふと思ったの。たまたま私たちはこの時代の日本に生まれてきて、過去の世界大戦の批評はできるのかもしれないけれど、もしその当時の日本に生きていたら、きっと戦争に巻き込まれていたか戦争に参加していたのだろうなぁと思う。それと同時に現在の世界の紛争地域や戦争をしている人たちのところに生まれたとしたら、私たちもその苦境に巻き込まれているはずなのにと考えてしまう」
「それを考えたらきりがない。被害妄想ぎみ。おまえ大げさしすぎなんじゃないか?」
「もしそういうことが気になるなら、ボランティアでもなんでも参加するしかないじゃん」
「俺は政治や生活環境を悪くした結果の自業自得というしかないと思うぜ。その国のことはその国で解決するしかないんだよ」
「そうだよな。だからそういうことが起きないように僕たちにとっては日本の政治が大事になるし、重要なのは教育になるだろうね。いつも平和な国になるように気をつけなければならないんだよ。ただ日本が第二次世界大戦で敗戦になったとたん新聞社は戦争批判を始めたらしい。学校では教育を正反対に切り替えた。恥ずかしげもなく。一方で敗戦当時の責任をとろうとして密かに腹を切って自決した者も何人かいると本で読んだことがある」
店内はだいぶ混みはじめ、方々で飲み物を注文したり、嬌声や笑い声が飛びかっている。
「だけど、、、、、もう今は21世紀になって様相が変わってきた」
「一日一日を必死でもがいている人たちがいる。世を儚んで自分を傷つけたり、世界の紛争地では自爆までする人もいるのが現実なのよね」
「それは自分自身で解決する問題だよ。紛争地のことはそれぞれの地域に違う問題を抱えているということなんだよ。国によっちゃあ、争いごとが殺し合いまで発展するんだよ。日本では犯罪なんだから、それこそ警察のフィールドの話さ」
「よく民族間紛争って言われるけど、些細なことからエスカレートしていって引くに引けなくなったんじゃないかと思うよ。殺し合いをするまでになるのはよほどのことだよ。あるとすればもともとから潜在的な問題が積み重なった結果、爆発したということなんだろう」
「私、、どこかしら人は[愛]を感じられなくなっていることが多いような気がしているの」
「愛?、、愛って言葉、みんな簡単に使っているけどなぁ、いまどき」
「人の心には、ときに深刻なことが起きることがあると思う、、、たとえばまわりに人がいても孤独を感じてしまう、、一人でも癒されないという不安、、自分ひとりで深刻になにかを抱えてしまっていて、いつまでも解消できずに誰も助けにならないと想いこんでしまう。鬱屈した気持ちとともに人間の生きている存在に嫌悪感さえ感じてしまうことがあるのじゃないかと思うの。だから、いつまでも自分の将来を明るい色で描くことができないでいるのじゃないかと。もしかすると紛争地域で自爆することだって、都会の片隅で自殺することだってどこかでつながっているような気がする。切ない鬱屈した気持をどうしようもなく、やりきれないと感じてしまう、人を信じたいけど信じられないもどかしさ、圧迫を受け続けて心と体の苦しみだけでなく魂までもが傷ついて、いつまでも癒すことができないでいるのかもしれない」
「おいおい、考え過ぎだぞ。おまえ飲みすぎたんじゃねぇのか?」
「そうだよ。それってまさにカウンセラーの世界にように聞こえるぜ」
「でも人は心のどこかで人を求めているはずなのに、、人を傷つけてしまうことって、、」
隣のテーブルで静かに聞いていた早苗の薄茶色に染めたセミロングの髪が微妙に揺れた。
その刹那、

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1-16 北朝鮮やアフリカと日本


「だけど北朝鮮やアフリカの一部もひどいもんだぜ。飢餓があっても海外からの援助物資が末端まで行き渡らないというんだから悲惨だぜ」
「民衆の生活をもっとよくするために国家を改革するんだと言って革命を起こした後は、その理想とした共産体制が民衆のものになっていない。それどころかもっと苦しくなっていくってことだね」
「革命といったって血を流した国内紛争だね」
「明治維新とは違うね」
「改革したころはいいんだけど、しだいに政府そのものが腐敗していく、、、」
「改革したものの民衆のためにならなかった。トップの連中に民衆が牛耳られる結果になっている。トップの連中だけが裕福感がある。自分たちの特権を維持するために民衆に飴と鞭を存分に配置している。民衆は生活に楽しみや生きがいがあまりないために産業が伸びない。だから生産性があがらないから貧乏のままになっている」
「俺はあと何年もつかどうかだと思うよ」
「政府に手向かおうとすれば、すぐに牢屋にいれられるし命が危ない。民衆同士が互いに監視しながら見えない圧力を加え続けている。家族間でもだれかが脱北するようなものなら残された者は悲惨な目にあう。そんなことをされないようにするかいっそね一緒に脱北するかどうかしかない。しかしいつかは民衆は爆発すると思う。何らかの方法で。法則みたいなものなんだ。だけどその爆発するまでがたいへんな道のりに思えるね」
「インターネットが革命を起こす?」
「まあ、それにくらべれば現代の日本は平和なもんだぜ。首相とか官僚がだめだといっても世界からみれば安全安心だし。そう考えていけば俺たちにはそのありがたさがわかっていないかもしれないよな、海外旅行してみればなんとなくわかるけど飯はうまいし、安全だし、俺なんかせいぜい地震が怖いくらいかな」
「でも考えてみれば呑気なことは言ってられないぜ。通り魔や身内の殺人のニュースもあるじゃないか、、、家族だって崩壊寸前のところがいっぱいあるし、、、、子供が親を殴り、親が子供を虐待する、、、、、考えただけでもこれって異常だぜ、、、愛し合っていた夫婦だって、どうなるかわからない。それに自殺で亡くなるのが昔は1万人以下だったのが1998年には3万人以上になったっていうぜ。1日80人以上にはなる。暗い話はしたくはないけれど、世の中、どうなっていくんだろうと思うことがあるよ」
「日本はそうだろうけれど、深刻なところが世界中にいっぱいあるぜ。明日のことよりも今の飯がない生活をしている人たちが世界中にたくさんいる。先進国では精神的に悩む人が多いだろうけれど、それより世界には今、生きるためにどうすればいいのかさえわからない人たちがいる、、、」
「そんなふうにしたのはいったい誰なんだ?」
「誰というより、探っていけば人間の心の中にあるというよりほかない?」
「あぁ、、言葉がないね、、、つきつめればね」
「それに比べりゃあ、日本の通り魔や子供の虐待なんかは、精神異常者が自分のフラストレーションを解消しようとしているような気がする」
「だけどもし日本の自殺者が毎年数万人になっているとすれば怖いものがあるよな。考えてみれば年間3万人いるとすれば10年間で計30万人、100年間だと計300万人もの死者ということになる」
「災害でもあまり聞いたことはない数だね」
「考えてみると100年間で計300万人も死亡するとなると、これって第二次世界大戦の日本の死亡者数に匹敵するんじゃないの?」
「まるで日常における個人戦争だね」
「自殺する人が年3万人ならば、それに準じて精神的にも生活的にも困窮している人たちは、もっといるということじゃないの?」
「そうだろうね」
「だけど政治家が問題提起してるのはあまり聞いたことはないよね」
「票にはならないだろうからね。票になるのは多くはお金に関することだよね」
「その精神的なものは個人が解決すべき問題だろう。国が人の生活の内情まで心配をするなんてあまり聞いたことがないぜ。ただもう数万人になっている。悩み相談室というのはよく聞く話だね」
「だけど虐待には、国が手助けをするようになっているじゃないの?」
「それは抵抗しようもない幼い子供や弱い人を助けるためだからね」
「たしかに自殺は個人的なことだからね」
「でもいじめで苦しんでいる子供たちもいるよ。いや大人もかな?」
「どちらにしたって、そういうことは専門のカウンセラーの仕事じゃねぇの?」

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1-15 差別意識と金

「紛争や戦争になるとそれどころじゃない。噂やデマや風評どころか抑圧や暴力なんかが横行する」
「イスラエルとパレスチナやアフリカやアジア地域での報道を見ていると長い歴史上での問題を抱えていることと経済的紛争が背景にあるように感じるよな。その紛争の結果、相手を「許せない!目には目を」という仕返しを繰り返す抗争になってしまっている。、、、」
「「目には目を」だからいつまでもきりがないんだ。恨みは恨みを誘うしね」今後どう解決するかという冷静さの目が遮断されてしまうんだ。それにお金も深くからんでいるようだ」
「そうそう戦争が混沌としているっていうか、、、自分たちの恨みを含んだ権利を主張しているから、いつまでも終わらない、、、いつまでも殺し合いが続くことになるんじゃないだろうか?どうしたって怨みや憎しみは簡単には消えないからね」
「しかし目の前で肉親が殺されたら、、、、そりゃあ狂うよ。まったく。仕返しの仕返しの連鎖。、、お金と命と憎しみの複雑な怨みが生まれる、、、どうしていいかわからなくなる、、、、報道されているのを見るとそんなことを感じるんだよな」
「でも実際、もし私の目の前で肉親が殺されたとしたら、、、 」
「目の前でなくても恐ろしいことだわ、、、、、日本でも以前、H市のニュースになった母子殺人事件のことを思い出すけど、そのときご主人は「仇をうちます」というようなことを言ってた。それって正直な気持ちだと思うの、、、、女としては男というものを感じたわ。それが正しいとか正しくないとか言えなくても、そういう気持ちがなけりゃあ、男じゃないし、夫でもないと私、思うの。だから、もし目の前で肉親が殺されたとしたら、仇をうとうと思うのが当然の話よ」
「仇討ちか、、、」
「話は別かもしれないけれど、、、、2001年のあのアメリカの9.11、、、、あれはきっと、、、、 それなりの原因と理由があると私、思っているの。あんな大それたことが理由もなしに起きるはずないと思うの」と女学生が言い出した。そしていままで静かにしていた男が横からしゃべりだす。
「俺ね、争いの背景には宗教観の違いがあるんじゃないかと思う。まるで宗教と宗教との縄張り争いみたいな。自分たちの宗教だけが唯一の教えみたいな意識があって、その意識が行き過ぎていくと差別になり、排他的な種が植えられていくと思うんだよな」
「排他的な種?」
「うん、人の生活というのは人間が集まれば集まるほど、そこには生活共同体という意識が生まれるし、そのためにルールというか慣習というか、その延長線上に宗教も必要になったんだろうと思うんだ。その生活共同体を民族だとすると、その民族独自の宗教観もできてきて、さらに生活に浸透していく。もしそこに他からの宗教が伝わってくると少数派ながら同調する者もでてくるだろうけれど、多くは排他しようとする者も出てくるんじゃないかな。パレスチナだってイスラエルだって昔は身内みたいな民族同士だったって聞いたことがあったけど?ところが宗教観の違いが生じて、その差別意識が大きくなったんじゃないかと思うんだ。それがもともとの原因じゃないかと」
「人間の差別意識が根本にある?」
「俺たち日本人にとっての宗教ってのは、互いに助け合ったり、仲良くするためのものという意識があると俺は思うんだけど、、、そうえいえば彼らは自分の信仰する宗教が唯一、信じられるものとでも思っている感じがする。だいたいが唯一神だろう?日本はそうじゃなくてたくさんのいろいろな神様がいらっしゃるというような生活様式になっている。神様仏様あるいは他のキリスト教やマホメット教なんかも自由に存在しているし互いに排他的にしないどころか神様と仏様が一緒の境内に祭られているのは不自然に考えていない。だから日本人からみれば宗教観の違いで戦争を起こすなんて考えられないことだよな。日本人はいろんな宗教でも一度は受け入れてはみるからなぁ、、そして合わなければ離れていけばいいし、自然と廃れていくだけのことっていう捉え方が多勢だと思うよ、もしそうだとすると日本人なら世界平和のために貢献できるかも?」
「しかしその日本人だって危ないもんだぜ。ルールを守る、シャイな礼儀正しいと思われていた日本人が、アメリカに戦争を仕掛けて、友とすべきアジアまで行って戦争を起こしたんだ」
「いや、外国人からみれば日本人は何を考えているかわからないというのが本音かもね」
「当時の日本の軍隊や政府が悪いといってもそれを容認したのは、日本の大衆だからね、、、」
「問題はなぜ戦争までしなければならなかったのだろうかということなんだ」
「俺はその深いところには宗教観とか民族同士の差別意識がどこかにあって、そのイメージとともに経済の縄張り意識が働いて紛争や戦争が起きると思うんだよ」
「差別とお金?」
「なぜ戦争をしなければならなかったかを考えるとどうしても人間の心情まで問う必要がうのと思うわ。嫉妬と侮蔑感、差別感それに裏返して言うと優越感。そして色と金、権力と物質的な欲望を追い求める人間たちをつい浮かべてしまうのよねぇ、、」
「私は人間の欲望、そうだわ、、それが問題の根源に関係していると思うわ」
「バ~カ、欲望がなけりゃあ、女を求めねぇし、俺たちゃあ、存在しない」
学生たちの議論が続いていて、それとなく早苗と優子の耳に入ってくる。
「でもね、戦争って本当はどこの国の人でもしたくないはずなのよ。喧嘩と同じで、互いに傷つくことになるのはわかっているはず。戦争で怪我した人や病気になるし、お金もなく食べ物も薬も少なくなったら、どうすればいいっていうの?まわりの誰に助けを求めればいいっていうの?何のための戦争なの、、だいいち「人が人を殺す」なんて異常なことだわ、それにいつまでも自爆が続くなんて、同じ人間同士が殺し合いを続けるなんて、考えただけでもひどすぎる」
「それが戦争なんだよ殺し合いだよ。美化することではないけれど第二次世界大戦の日本の神風特攻隊は、いまのアラブなんかの自爆するのとは違うような気がしている。あのときの神風特攻隊はアメリカへの憎しみというよりも父や母のいる日本という国を護りたいという大義名分を持っていたからできたんだろうけれど、パレスチナとイスラエルの戦争はそれとはどこか違うように感じるよな。パレスチナの自爆は憎しみや怨みをどこに吐き出したらいいのかわからなくて、自分たちの憤懣をどこにぶつけたらいいのかわからいところがあるような気がする」

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1-14 理性と情緒


「僕らが、この「戦争を考える会」というものを立ち上げたっていうのは、なぜ戦争は起きるのか、そしてどうしたら防止できるか、そのために何をすべきなのかを考えることが目的なんだけど、たしかに犠牲者のことも含めて考えるべきだと思うね。そういう意味でいえば、戦争で泣いているのは女子供や老人だけじゃなくて、男たちもたくさんいるはずだし、戦争に反対している良識ある人たちが、圧力を受けて苦難の道を歩んでいることもあるはず」とリーダーらしい短髪の男性が誘導するように切り出した。
「戦争がなぜ起きるのかというのは、とても複雑な要素が時系列ごとに絡み合っていると思うんだ。たとえばだけど第二次世界大戦時のことをテレビのドキュメンタリーで放送していたことがあったけどそういうふうに感じた」
「今明かされる機密情報とか?というやつ?」
「その当時の民衆は結果的に言えば戦争に賛成したんだ」
「戦争は国と国の喧嘩だけど、互いの国の中の人たちの中に必ず反対している人たちが存在するという点では、個人の喧嘩とは違うね」
「その場合、戦争を遂行しようとする人たちは、戦争に反対する人たちを封じ込めようとするだろう。その際は理性でなくて圧力や国家権力を行使するという行動が多い。つまりどちらかというと理性的でなくて組織情緒的とでもいえると思う」
「だとしたら民衆は情緒的なものに煽られやすいことから、戦争に反対する人を増やそうとするには情緒的な言動をするしかないんじゃないの?戦争についての賛成派と反対派の情緒的な闘争?」
「理性的な言動で戦争に反対しようとしてもその声は情緒的にかき消されてしまうということじゃないか?」
「無謀な戦争を始めて、「贅沢は敵だ!」という状況のまま日本は敗戦になってしまた」
「戦争に反対!って言っても聞き入れない」
「戦争は殺し合いすることなんだぞ!って言ったほうがわかりやすいかも」
「もともと戦争や喧嘩という状態は理性的なものではないという結論が出せるのじゃないかと思うの」
「煽りもあるよね」
「煽られやすいといえば戦争とは状況が違うかもしれないけれど、災害のときの噂とかデマや風評が流れることがあるよね。たとえば大きな地震がどこかであるとすれば、その地震の被害が大きければ大きいほど風評とか嘘の噂があらわれるよなぁ。大正の大震災のときにも日本に住む韓国人や中国人が火をつけたり物を盗んだり、悪いことをしているとかなんとかいう嘘のうわさが広まった結果、日本人も含めて何人かが殺されたという悲惨なことがあったと本で読んだことがあったけど、もしそうだとしたら、風評とか、悪い噂というのは時には無実の人を殺すことになるのだから罪は大きいよ」
「昔、オイルショックというのがあって、いい大人が食品やトイレットペーパーや日用品の買いだめに殺到したというのをテレビで見たことがあるけど」
「あぁ、ある、ある。すごい数のおばさんやおじさんがスーパーになだれ込んでは買い込んじゃうのよね。まるでこの世からトイレットペーパーがなくなるみたいな感じで買いあさるって感じよね」
「流通はどこもだめになってはいないはずなのに世の中にあれが無くなる、これが無くなるっていう噂が大きくなって人が衝動的に動き出す。買いだめをしないでくださいって言っても聞く耳をもたないんだ」
「非常に情緒的よね」
「現実にスーパーにトイレットペーパーが無くなっていく様をみているうちに冷静な人までもがあせっちゃうことになる」
「衝動的に気持ちが動けば、いくら理性的に説いてもその言葉を信じないということか?」
「人を衝動的な気分にさせることができれば集団になってたやすく誘導させやすい。紛争なり、戦争が勃発する前には長い時間がかかるから、その経過の積み重ねの中で情緒的なものが醸成されていくとでもいうのかな?テレビとかインターネットでも、ある方向性からの意図的な情報に私たちは偏ってしまうこともありえるだろう?」
「それに自分に都合のよい情報だったら受け取りやすい。お店に並んでいる人たちを見ると、つい自分も並びたくなっちゃう?あれも衝動的だね」
「おまえの話、なんかこう、のんきに聞こえるよなぁ、、人は自分にとって感じやすい受け入れやすいことや逆に身近な危険な情報を受け取りやすいということなんだよ」

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1-13 競争と紛争

早苗は大学卒業と同時にソフトウェア関連のオフィサーソフト社に就職した。
入社当時は事務的な仕事に携わっていたが、持ち前の負けん気でソフトウェアの開発を経て、いまでは営業のリーダー的存在にまでになっていた。
ソフトウェア業界の競争は厳しさを増しており、日進月歩ではなくまさに秒進分歩とでもいうべく変貌自在の業態だった。国内だけでなく欧米やインドや中国などさまざまな国との熾烈な競争も生じている。インターネット上では瞬時に力関係が変わることがある状況において早苗の勤務するオフィサーソフト社としても、その事業計画の戦略的な遠望をしなければならない次期に差し掛かっていた。オフィサーソフト社では、いくつかの国内外のプロジェクトチームを組んで顧客のさまざまな要望に柔軟に対応できる体制を整えるため、その一環として早苗はソフトウェアの開発部門から海外での情報収集や市場開拓に力を入れなければならない立場にシフトしていて、第一期の海外プロジェクトチームのリーダーとなり、社の期待を集めていたのである。必然的に国内外への出張も多くなっていた。
いままではソフトウェアの開発だけを考えるだけでよかった自分が、これからはもっと視野を広げていかなければならないような立場になっている。自分では同僚に負けたくない、取り残されたくないという気持ちでいままで働いてきた。もとのソフトウェア開発の先進的な実務に戻りたいと思う気持ちが強かったのだが、社の方針があるので、そうも言っておられない。それに早苗は比較的、英語が堪能だった。しだいに海外の企業のトップや高い地位にある人たちとも比較的簡単に会う機会もあるようになりつつあった。早苗はそれもよしとしているし、その実務は戦略的であり刺激的な新鮮味を感じていた。
今日は久しぶりに優子と早苗はいつのまにかこの居酒屋になじんでいた。ここのお客はいつのまにか増えていて注文の声が天井を飛び交いざわめきが常に漂っている。「すみませ~ん。日本酒のぬる燗をお願いします」と早苗はビアジョッキを横にどけて好きな日本酒を注文した。隣のテーブルでは学生らしき数人の男女が、ときおり声を大きくしながらの議論が聞こえている。
「だってえ、、、、だってぇ、いつまでもパレスチナとイスラエルが戦争してるっていったって、なんでアメリカがしゃしゃり出てくるわけ?」ショートヘアの女性が口を尖らせるようにして向かいのメガネの男に言っている。
「そりゃあ、アメリカだって目的がなけりゃあ、外国にのこのこ出て行くわけないよ。あのアフガンだってイラクへだって紛争をしているところへ行ったのは、正義感だけじゃないはずだよ。もちろんボランティアでもない。海外の資源や利権の縄張り争いみたいなものだし、、」
「そうそう、もし戦争にでもなりゃあ、アメリカの持っている古い爆弾を、使ってしまおうって魂胆もあるらしいぜ。ついでに新しい兵器の試射もできる。そうすりゃあ、兵器の増産ともっと新しい兵器の開発にも繋がるからな。要は軍需産業が潤うって寸法よ。つまりは外向きと内向き両方の利権業界と政府とがつながっている、、」
「世界平和」っていうけれど、そういうところにアメリカのポリテックパワーの裏の姿が見え隠れしてるんだと思うよ。ただそれはアメリカだけとは限らねぇし、ほかの国も似たり寄ったりのところがあるだろうけどな。だから紛争はいたるところにある。アメリカの情報収集はすごいだろうと思うよ。いろいろなスパイたちがうようよ世界に存在している。日本はスパイ天国だという人もいる。どちらにせよアメリカは利ありと判断すれば、何かの理由をつけ、正義の旗を立て世界の警察官顔しながら目的地へと介入していくことになる。見返りを求めてね。まぁパレスチナとイスラエルの紛争にアメリカがしゃしゃり出るというのは、ちょっと特殊な感じがするけどね」
「そうだね、パレスチナ人だってイスラエル人だって戦争は嫌に決まっているのだろうけれど長い戦争になってしまっている。たいへんな生活だよ。想像しただけでも。僕らが見る報道では破壊された状況や苦しく生活する人たちの姿を現場の人や報道カメラマンたちは世界に伝えたいんだろうね。考えてみれば誰だって家族が目の前で殺されたとしたら、、、狂うよ。、、目の前でなくても殺した相手が見えなくても復讐したい気になるよな。だから紛争はその怨念の仕返し、そしてそれらの重複になってくる。簡単に紛争は終わらないし、絶えない」赤ら顔の男が言う。
「だけどもともと隣同士の民族みたいなものでしょ、、土地を奪い返したとか自分たちの権利だとか、昔からのことがあるのかもしれないけれど。でもいつまでも自分たちで解決できなきゃ、どこかが仲介するしかないのじゃないの?そりゃあ国連がしっかりしていればいいのだろうけれど、なんか国連って骨抜きされてるって感じもするしね?」
「いや、まさに争いじゃなくて殺し合いの状況を仲介をするのはむずかしいはずだよ」
「そうね、、、結局、殺し合いなのよね、、、それってみんな男たちよ。動物の場合は、喧嘩はするけど殺し合いするのはあまりないはずだし、集団で殺し合いを続けるっていうのは人間だけじゃない?そんなとき戦争を始めるのはいつも男に決まっているし、あとあと泣くのは、いつも女子供じゃないの。。、、、どこの紛争でも弱いものが一番先に泣くのよ、、、、いつまで戦争を続ける気なの、、、仕返しばかり続けていたってきりがないんだから、、ほんと恨みをどこかで断ち切ってほしいわ、、、どっちみち生活している人たちが苦しむだけなんだから、、」と長い髪の女学生が嘆いた。

1-12 超アイドル


「4枚じゃなくて1人の会員に対して1枚だけ購入可能にして、売買を禁止するのならわかりやすいけれど」
「そうしてソウル形式で入場を厳しくするということ?」
「それだとソウル会場でのすべての入場者をチェックするのは難しいでしょうね。どう思う?計算してみたの?」
「計算?」
「ソウルはどのくらいの収容数なの?」
「7000弱くらいかしら」
「だとすれば?」
「本当にソウルではきちんと入場のときにチェックしているかどうかということ?」
「そう。全部の入場者を時間内に入場させるわけでしょ。もしソウルの会場の入場者チェックが厳しいというならば、たとえば1人に1分くらいの時間がかかるとして、1万人の入場者だとすれば1万分になるわけよね。そうすると、、、」と優子が早苗を覗き込むと。早苗は、すぐに携帯電話を取り出し電卓をたたき始めた。
「たしか7000席ぐらいだったと思うけど、1人の入場者が仮に1分かかるとすれば7000
分かかることになるから、60分で割ると116時間くらいの計算になるわ。会場の入り
口が仮りに3ヵ所でそれぞれ10人のスタッフがチェックするとなると116時
間÷30=3.8時間くらいかかることになるわね。もしチェックの時間が30秒だ
とするとその半分だから2時間弱にはなるわね」
「もし会場から開演までが2時間だとしたら、1人の入場者に30秒以内くらいで、済ませる必要がでてくるわね」
「う~~ん。それにもしかすると、携帯電話やビデオカメラやデジタルカメラなんかをチェックされたりするらしいから、意外ともっと手間がかかるかもしれないわ」
「するとそのチェックする時間をもっと短くするか、それとも入場開始時間を早めるしかないことになるわね」
「なるほど、、、」
「でもそれだけではないでしょ?」
「えっ?」
「会場はスタンド席だけではないんでしょう?」
「あっ、そうか、、、そうアリーナがありますよねぇ、、、」
「ですよね」
「そうなるとアリーナ席の分も含めると7000席以上というか1万席くらいにはなるかも、、となると入り口のスタッフ数を増やすか手早くしなければにならなくなるわ」
「入場のときにチケットと購入証明書、場合によれば個人の証明書を確認する。しかも携帯電話やビデオカメラやデジカメのチェックもするとなるとそうとう時間がかかることになるわよねぇ、、、」
「でしょ。そして入場者のチェックに手間取っているうちに開演の時間が迫ってきた場合、どうなります?」
「そうしたら、、、スタッフの手際が悪ければ、嵐のファンが怒り出すかも」
「そう、その嵐ファンの勢いに恐れをなして、スタッフは青ざめる、、、」
「だとしたら以外とスムーズに入場できるかも。あれあれ、、またまた優子リーダーにうまく誘導されてしまったわ、あ、思い出したわ、知ってますよ。優子が昔、お若りしころ、ある超アイドルに近づいて、話を直接できるまでになったんでしょ」
「あぁ、あのときは若かったしね」と優子はまんざらでもない顔をした。
「でも普通、そんなことはできないくらいガードが厳しいはずなのによくそんなことができたわね?」
「あのころは一所懸命だったのよ。若気のいたりというのかしら」
「でもそんなこと簡単にいかないよね?」
「あのころは、ほんとに嵐のファンクラブも恐れるくらいの超アイドルの人だったから、容易には近づけなかったわね」
「でもその気になって近づいて、お話することもできた?」
「なんとかね」
「ふ~~ん。でも思うこととやれることとは違いますからね。もし嵐ファンはたくさんいるけど、それでもできそう?」
「その気になればね」
「やる気だけでいいの?」
「あはは、、もちろんやる気だけじゃだめよね。まぁ、考えればなんとか道は開けると思うわよ」
「本当!やっぱり、リーダーはすごい」
「いいえ、あのころは怖いものなしでできたけど今はその気もないし、年だから相手にされないと思うわ」
「そんなことな~~~い!でもどういう、、、、?」


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1-11 購入証明書


「彼女たちはどうするのかな?」と早苗は優子に尋ねた。
「連絡をとってみたけど、それぞれ忙しいらしいの」
「抽選に外れたら、問題はチケットになるわね」
「早苗はアリーナ席でしょ?」
「うん、もちろん。どうせ行くならね。ただ台北公演では、チケットさえあれば入場は問題な
いのだけれど、ソウル公演の入場が問題らしいわ」
「どんなふうに?」
「ソウル公演のチケットは韓国の人が販売対象になっていて、購入できた場合、チケットとともに購入証明書が送付されるんですって。それで原則的らしいけど会場の入場のときにチケットとその購入証明書と場合によれば本人の証明書の3つを同時にチェックされることになってらしいの」
「ということは購入しても韓国の人じゃないと入場できないということ?」
「チケットと購入証明書は見せなければならないらしいのよ」
「ということは日本のようにチケットだけでは入場できないってこと?」
「う~~ん。私もまだよくわからないところなのよ。初めてだしね。聞いた話だけど、2年前のソウル公演では、オークションで韓国人の出品者からチケットを落札した日本人が、その手に入れたチケットで入場しようとしたら、購入証明書がないことを理由で会場に入場できなかったらしいの。そんなことになったら大変なのよね」
「その購入証明書が必要というわけね」
「ただ購入証明書は購入した韓国の人のだから、もしその人から、購入証明書を譲り受けたとしても私たち、その本人じゃないのよねぇ」
「購入証明書をもっている本人がチケットを購入したはずだと?その本人でないと入場できないということ?」
「そう、だから入場するためには、落札したら韓国人の出品者と落札者と事前に打ち合わせしておく必要があるというのよ」
「どんな打ち合わせをする必要があるの?」とたたみかけるように優子は早苗に尋ねる。
だんだんと早苗の口調がも熱を帯びてきた。
「まず実際のチケット購入者である韓国の人に入場してもらう。その際、その人は会場の入り口でチケットと購入証明書、場合によれば個人の証明書をチェックされるらしい。入場できたら、その人にすぐに会場の外に出てもらう。そのときにチケットに印を押されるらしいの。一度、入場しましたよ、チェック済゛という意味でしょうね。再入場するためのね。その印を押されたチケットをこちらに手渡ししてもらうことになるらしいの。そしたらそのチケットでならば誰でも入場できるってことらしいの」
「ということは、売ってくれる韓国の人に当日、会場に来てもらわないといけないことになるわね?」
「そう、一度入場したという証にチケットに係員が印を押すらしいから。そのチェック済みのチケットさえあれば再度の入場のときには購入証明書や個人の証明書を見せる必要はなくて入場できるってことなのよ」
「なるほどね。としたら、もしチケットのオークション出品者が当日、来なかったら困るわね」
「そう、そういうことなら、もしオークションなんかで落札したとしても当日、その人が来てくれないと入れないことになるわ」
「チケットは先に手に入れといたほうがいいんじゃない」
「私もそう思うけど。当日の手渡しよりも事前にね」
「落札したら、事前にチケットと購入証明書と個人の証明書を送ってもらう約束をする?」
「それしかない?」
「ということはなるべく信用おけそうな人から買う。それと、、、」
「それと会場に当日、来てもらう約束をして決済をするのでどう?」
「そうね。それでなんとか乗り切れそうね」
「気をつけないと詐欺もありえるだろうし、、、」
「そうなのよ。オークションは便利だけど詐欺なんかがあるものね。
あぁ~他人に定価で売ってくれそうな人はめったにないからなぁ」
「嵐ファンはチケットが高額で売られていることを怒っている人たちがたくさんいるはずよね」
「でしょうね。私も嘆いています。理想は定価で売買してほしいけど、現実的には望めない話よね。よっぽどの友達ででもないかぎり」
「席がよければよいほど出回らない」
「高くても買う人がいることを察知しているから売るのか、売る人がいるから高くても買うのか?」
「ジャニーズではチケットの売買を禁止しているけど、国内のコンサートでは4枚まで手に入ることもあるよね。そうしたら余ってしまうかもしれないことは想定しているでしょうけれどね。チケットが余った場合、売ることにつながるわよね」
「扱っている業者もあるしね」
「高くなればなるほど売るために申し込む人もいるでしょうしね」
「嵐ファンの一部の人たちは定価での売買なら許せるけど高値で売るなんてとんでもないと言っているのももっともな話だけど、コンサートにどうしても行きたい人が、高くっても買いたいと思うのも人情でしょうね」
「どんなチケットでも人気があればそうだし、ジャニーズのチケットに限らないけれど」
「なんでジャニーズは4枚まで買えるようにしたのかな?家族は4人を想定しているのかしら?」

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1-10 嵐の海外ツアー

 
「嵐の歌うメロディって、ほんとにいいわよね」
「大野君が言うように嵐のコンサートってまるでお祭りよね、お祭り気分で人を楽しくさせるのよね、すてきなノリのいいメロディと5人それぞれのキャラクター。それに勢いがあるから嵐とお客とのお祭りなのよね」と早苗は応えながら、二杯目のビールジョッキを飲み干した。
「はい、お待ちっ!!」と掛け声が店のキッチン奥のほうから聞こえてくる。焼いた魚やイカの香ばしい香りが漂っている。
「でもジャニーズって突然、発表することがあるのよね」
「そうらしいわね」
「今回、調べてみたんだけど、嵐のコンサートは国内では毎年行なわれいるんだけど、今年は海外も含めてのツアーが始まるらしいわ」
「本当?じゃあ、海外ツアーは今度で二度目になるんじゃない?」
「そう、2年前は台北とソウルでコンサートがあったのよ。そのときはタイでもコンサートを開催する予定だったんですって、でもそのときのタイの政情が不安定だという理由らしいけど、そのタイでのコンサートだけ断念したということらしいわ」
「日本ではどこなの?」
「今回のアジアツアーというのは、国立競技場をかわぎりに台北、ソウルのほかに上海とがが追加されることになっているらしいの」
「よく調べてるわねぇ」
「それで問題なのはチケットのほうなのよ」
「日本のファンを集って行くオフィシャルツアーは抽選だし、超人気だから当たるかどうかなんともいえないのよ。もし外れたら、自分でチケットを手に入れなきゃならなくなるわね。海外だとその地域で販売されるのが原則だから日本での入手はむずかしいの。だからどうしても行きたければ海外で販売されたチケットをどこかで出に入れる必要があるの。つまりジャニーズ事務所が主催するオフィシャルツアーに抽選で参加する方法ともう一つは自分でチケットも旅行の手配して行くことのどちらかなのよね。オフィシャルツアーは日本からのツアーだからチケット代金や旅行費用すべてが含まれているし、現地で嵐が来てくれてパーティもあるから楽しみよね。ただいい席で観たい人にとっては、席を選べないというちょつとひっかかる部分よね。でもツアーって楽でいいよね」
「パーティって?」
「2年前の台北のときには、会場を設定してくれて、そこに嵐のみんなが来てくれた上に、握手までしてくれたらしいのよ。それに記念のグッズがもらえるらしいわ」
「へえ、、そうなの」
「ねっ、おいしいでしょ?」
「コンサート会場でのお席はどんなふう?」
「う~~ん。そこはわからない」
「でもエレベーター式でつれてってくれるんでしょ?ツアーだから」
「そうなのよ。お席を考えなければ、やっぱりツアーがいいと思うよ」
「問題は抽選に当たるかどうかよね」
「私、考えがあって、調べてみてそのツアーを組む会社をつきとめたのよ」
「へぇっ、、どこにあるの?」
「有楽町。なので今度ちょつと行ってみてプッシュしてみるつもりなの」
「あらあら、積極的ねぇ、、、」
居酒屋特有の喧騒の中で二人は笑い出した。ビールジョッキの三杯目を注文した。
早苗は今年から嵐の大ファンになっていて、今回の海外のツアーにすべて参加したいというほどの意気込みだった。優子のほうはもともとはいろいろな劇場などを楽しむといった風情で、早苗ほど嵐に熱くはないけれど、ドラマや歌を見聞きしているうちに、早苗に誘われて嵐のファンクラブに入会した。入会すればいろいろな情報が得られるし、チケットの購入も申し込むことができると聞いていた。ただ国内ではなく今回のように数日間、海外へ行くとなると、主婦である優子は、その間、家庭を留守をすることになる。優子は夫と幼い女の子であるうむいとの三人暮らしである。
優子の夫の浮気調査は探偵社の今後の調査結果待ちだが、夫は浮気をしているとすれば、もし優子が嵐の海外ツアーに出かけて自宅を留守にすれば、夫はこれ幸いとするかもしれない。一人娘のうむいのほうは一緒に海外に連れて行ってもいいのだけれど、まだ幼いし、コンサートのような大きな音に触れさせたくないとも思うから、もしツアーの抽選に当たったら、うむいは実家の母のところに預けようかなと思っていた。
そのほうが父や母はきっと喜ぶに違いない。
こうして早苗の話を聞いているとオフィシャルツアーはチケットやホテル、飛行機代などが含まれているから楽だし、現地での嵐のイベントがあるから、それなりの楽しみもある。ただその抽選に当選するのはむずかしそうなのである。外れた場合、どうしても行きたければ、すべてを自分たちで手配しなければならなくなる。人気の「嵐」のことだから、抽選に外れた場合、自分たちでチケットを取得するとなると相当、高くなることだろうし、それにフライトや現地のホテルの空きを早めにキープする必要性もでてくる。

1-9 浮気調査


喫茶店ウファを出た優子と早苗は池袋駅へと向かった。
池袋は東京の街並みでは比較的庶民的雰囲気のところである。
どこかラーメン店の多さに象徴されるように駅周辺にはたくさんの飲食店が軒を並べている。
二人は久しぶりの池袋で居酒屋に入ることにした。
まだ時間が早いのに、店内ではすでに数人の男女が酒を酌み交わしており、居酒屋特有のざわめきがひそやかに始まっていた。
その日、優子は早苗に紹介された探偵社「二人の幸せ」研究所に夫である純一の浮気調査を依頼してきた。
優子は大学卒業後、会社に就職したが2年ほどして結婚した。夫は泉譲二という。ある大手に勤める会社員だった。大阪からたびたび東京に出張してきては、当時、優子の勤め先にも出入りしていた人で、そのうちに口をきくようになったのだが、いままでに付き合ったことのある男性とは違い、やり手に見えた。出会いからの月日は短かく、なかば強引な泉譲二の結婚の申し出にとんとん拍子にことが進み、こんなに早く結婚するとは露にも思っていなかった優子だった。これも縁かなと思った。結婚後は夫の実家である大阪に姑と夫と三人で住むことになった。夫には弟がいて名古屋に住んでいる。姑は若い頃に夫を交通事故で亡くしていた。「私は「女の細腕」で、若いころから息子二人を育てたのよ。今は女が外で働くのは楽だけど、私の頃はそうそう簡単じゃなかったわ、まぁ、たいへんな苦労はしたけれど、私を助けてくれる孝行息子たちになってくれたから私も幸せ者なのよ」と自慢にした。結婚後、ほどなくて夫は脱サラして起業をしたいと言い出した。夫は以前の仕事仲間とともに東京で空気清浄機の会社を興すということだった。結婚したての時だったし、夫が大手会社を辞めて脱サラをするという不安はあったし、反対は結婚したての頃だったし、優子の実家のある東京での生活になるので最後は納得した。ほどなくして東京に移って子供も生まれた。名前を「うむい」となずけた。優子の父、久我義三と母は東京の吉祥寺に二人だけで住んでいる。は娘夫婦が大阪から東京に引っ越してきただけではなく孫娘が生まれたのを喜んだ。夫の泉譲二が東京で仲間とともに会社を立ち上げるときには優子の父である久我義三に相談した。援助もしてもらった。だが純一の会社は援助をしてもらったものの数年は芽が出なかった。その後も苦しいときに相談にのってもらっているうちにしだいに軌道に乗り始めた。しかし譲二は少しずつ事業が軌道に乗り利益が出始めてくると、いままでの態度も少しずつ変わってくるようになった。仕事の帰りも遅くなり、ときに朝帰りもするようになった。結婚したての頃に夫が依然会社勤めで大阪の実家に住んでいたときには夫が商売女に手を出したことはあった。だが商売女とわかって優子も怒りを収めたが、最近の夫にはどこか違う雰囲気を感じていた。
優子と早苗は通りすがりの居酒屋に入った。
優子は、今日あまり酒を飲む気分ではなかつたのだが、早苗と待ちあわせの喫茶店「ウファ」で、話しをしているうちに久しぶりに飲みたくなってしまった。
幼い娘のうむいは母に預けてきたので多少、遅くなっても心配はないし、夫は出張しており、数日は帰ってこない。
奥のテーブル席に落ち着くと「こんな時間から暗い話はしてもしょうがないし、探偵社からの結果が出たら、そのときに早苗に相談することにするわ」と優子は言い出して、置かれたばかりのビールで乾杯した。
酒の肴をつまみながらの目下の話題は「ジャニーズの嵐」についてだった。

1-8 輝き

 
「あの、、、、いらっしゃいませ、、、、たしか優子さんでしたよね」と宇多田は二人を前にして絞りだすような声を出した。
「あら、」と優子と早苗はキョトンとして宇多田の顔をまじまじと見上げたのだった。
その優子の愛らしい眼差しに宇多田は「いえあの、、、あの、、、」と答えにならない返事をし「いえ、以前、学生でいらしたころ、皆さんでいらっしゃっていたときのことを思い出したので、声をかけてみようと思ったのです。あのころ、ちょくちょくこの店をご利用いただいてましたから、、懐かしくなってしまって」
「まあ覚えていただいていたんですか、ありがとうございます。そうですよね。 もうあれから、ずいぶんになりますものね。その節はいろいろとお世話になりました」と優子は軽く、お辞儀をした。優子の向かいに座っている早苗も軽く頭を下げ宇多田を見つめた。
宇多田は優子のそのなつかしい声を聞いて本当にめまいをしそうになった。
優子の向かいに座っている早苗のことは目に入らない。そんな様子を感じた早苗がクスクスと笑い出し、「そういえば、思い出したわ。背の高い感じのいい人がいるなぁと思っていたんですよ。あれからずっとここで、、、、」と早苗は優子と顔を見合わせながら言った。
宇多田は「えっ、思い出していただけましたか? あのころはあまり、お話する機会がなかったものですから。こちらのほうには、よくいらっしゃるのですか?」と思い切って聞いてみたのである。
「そうですね。あれからあまり機会がなかったのですけれど、今日はこちらのほうに用事がありまして、それにこの店が懐かしくなって、、」
「ありがとうございます。またこちらにいらっしゃるご予定はあるのですか?」ともう次回のことを切り出してしまったのである。
「えぇ、そうですね。また近々、用事がありますので、伺うと思います」
「本当ですか?」宇多田は大きな声を出し、まるで子供のような返答だった。あまりの単刀直入さについ優子も微笑みながら答えた。「それにしてもここはいつも感じのいいお店ですよね」との返事にどう応えていいかわからず宇多田は照れに照れてその場を去ってしまった。
ひとしきり話をしたあと優子は「場所を変えようか」といい、早苗は軽くうなずいてすぐに支度にとりかかる。
じっと店の片隅でそれとなく様子を見つめていた宇多田はその様子に動転したが、とにかくレジに急いだ。
レジでは請求書を差し出した優子に「またお待ちしています」と宇多田は声をかけた。
「えぇ、、」との優子の片言の返事に宇多田は「あっ、はあ、、、」と答えにならない返事をしたが、「ちょっと待ってください」と懐をまさぐるようにして名刺を取り出し、急いでその裏に携帯番号を殴り書きしたあと、「どうぞ、、、」と言いながら、優子の目の前に突き出した。
宇多田は真っ赤になっている。
そばの早苗は「いただいたら、、、、」との声に優子は素直に従った。
「本当にまたいらっしゃいますか」との宇多田の問いに「えぇ近々、また伺うと思います」と優子が言ってくれたのである。
宇多田はその言葉に幸せをかみしめたのだった。
そして「本当ですか?」とさらにもう一度、念をおす宇多田に、早苗はそばで笑った。
「えぇ、、それでは、さようなら」言い、二人は店を出る。
蒸し暑い外はムッとする熱気が襲ってきた。宇多田もあとを追うように外に出る。
優子と早苗は「また来ますね」と言って振り返りながら手を振った。
その言葉に感動し、宇多田は二人の帰って行く後ろ姿をいつまでも見つめていた。
{もしかしたら時が味方し、天に通じたのかもしれない}宇多田は思った。
{ 優子さん、、、}と何度も呟きながら、、、

消え入りそうな  張り裂けそうな想いのたけ  

過ぎ去った日々が とてつもなく 長かった

僕の心の奥に灯していた あなたをいつまでも探していた  

あの輝きを見つけたとき 僕は生きる意味を感じた 

胸がつんときて 思いのたけが舞い上がる

いてくれるだけでいい  ただそばにいてほしい

すさんでいた僕の心 願い続ければ叶うことを知った 

輝きは私のもとへ  いつかは帰ってくる 

色とりどりの夏の日 もう行かないでくれ 

もう行かないでおくれ 

1-7 恋心


そのおよそ2ヶ月前、、、。
喫茶店「ウファ」は池袋駅から少し離れたところにある。
店内のところどころに花の植木鉢をあしらえたこぎれいな女性向きの喫茶店だった。
優子は大学に通っていた頃、ときにこの喫茶店ウファを利用していた。
そのころ、この店でアルバイトをしていた宇多田はときに訪れる優子に片思いをしてしまった。
店に集う数人の学生たちの中でも優子は、ひときわ目立つ存在で、優子を中心にして数人の女子学生たちの放つ生き生きとした明るさは、かけがえのない輝きのようだった。そばを通るだけで美しい花の香りを感じていた。宇多田は可憐な笑顔と張りのある優子の声を思い出す夜、なかなか寝つけず、想えば想うほど心が高ぶる。だがその気持ちを彼女に伝えたくとも伝えられない自分を情けないと思っていた。その一方で店に訪れる優子を目にすると自分の気持ちを見透かされまいとそらぞらしくなってしまう。なにかしら怖さを感じて、熱い気持ちとは裏腹にまじめなウェイターの態度になるのが、恋焦がれる人に対してのせめてもの表現方法だった。それに談笑している仲間から優子が一人きりになることは稀だったことで{優子に告白するチャンスがなかなかつかめない}という言い訳をこしらえて自分の勇気のなさを慰める。この店に訪れる美しい優子を見ては心が騒ぎだし、店を出る頃には切ない気持ちになってしまう宇多田だった。
{ 好き }という言葉。いつも心の中で唱え、迷いの中にいた宇多田。
しかしその躊躇がいつしか機会をなくしていた、、、そのことにある日、気づいた。
いつしか優子たちは姿を現さなくなっていたのである。うっかりしていた。優子たちが大学の卒業時期だったことにまったく気づいていなかったのである。いつまでも在学しているという錯覚。その思い込みに自分を責めたてた。
大学の事務所に尋ねてみて「個人情報ですから」という一言で一蹴されたのはあたりまえのことだった。
その後の宇多田は身のおきどころがなく、店に勤務しても遠くを見つめるもののようにして、優子たちがウファに訪れるのを待ち続けていたのだった。ほかにいくつか方法はあったのだろうが、この店で待ち続ければ、優子や優子と一緒に訪れていた人たちの誰かが訪れてくれるものだろうと思った。しかし現実はそれほど甘くはない。待ち続けているうちに自分自身の馬鹿さかげんに気づくことになる。しかし宇多田にしてみれば、ほかに方法を思い浮かばず、ひたすら待ち続けていたのである。いつか来てくれる。優子の友達でもいい。あの仲間の人たちの一人でも来てくれさえすればと。その想い、毎日の切ない焦燥感がうねりをあげて身を焦がしていく。
誰かが入店するとすぐに顔を向いてしまい、つい出入り口が気になってしまう。夜になるとその哀しさはより増し布団の中で泣いた。
だが、その苦しみを癒してくれたものがあった、、、。
それは、、時だった。
このなんの変哲もないと思えるもの。その時というものが、日々を癒してくれていたのである。
あれから10年ほど経った。宇多田は喫茶店ウファの店長になっていた。
そして先日の夏のあの日。突然、その機会は現れた。
優子と早苗が突然、ウファに入店してきたのである。
宇多田は目が眩んだ。別人だと思った。現実と過去が交錯しクラクラとした。立ち尽くす心に湧き出す新たな炎が心臓を熱くしては突き動かす。あまりの驚きに惑い、夢のように感じられた。

10年前の幻が現れては消え、目の前の現実になっている。心臓を突き刺すような痛みを覚え、宇多田は思わず胸を押さえた。胸を抑えながら{落ち着け、落ち着くんだ }と戒めようとしたものの、脂汗がじわりじわりと噴出してきてかき乱されている。
ウェイトレスから「店長、店長!」と何度か声をかけられなければ、いつまでもじっとたたずんでいたに違いない。
たしかに覚えのあるあの女性二人は窓辺側に座って談笑している。一人は優子。そしてもう一人は名を忘れてしまったが顔は覚えている。
宇多田は我に返ると{ もう二度とはないかもしれない}という不安が急に襲ってきた。
意を決し、二人のほうへと近づいて行った。

1-6 嵐の宿泊先


「疑問点? なんだい?」
「もうひとつ気になるのは、あの早苗さんが優子さんへ送ったDVD(youtubeにあるshotennoki )のことです」
「嵐が台北のホテルから出てきたあの動画のことだね?」
「そうです。早苗さんの泊まっていたホテルはあそこから10分たらずのところみたいです
けど、どうして彼女は、嵐があのホテルに泊まっていたことを知ったのかな?とふと思ったのです」
「それは、その情報を彼女が手に入れたということじゃないの?ほかにも女の子たちがたくさん映っていたよね。日本人というよりは、、、」
「えぇ、それはそうなんですけど、当日、私も違うホテルに宿泊していましたが、嵐の宿泊先のことは、まったく知らずにいたのです。彼女はどこから、その情報を得たのかなとふと思ったのです」
「早苗さんはインターネットのことは詳しいだろうから、キャッチしたとしてもおかしくはないんじゃない?」
「そうですけど、その嵐の宿泊先の情報は、どこかにあったのかもしれませんけれど、私にはわからなかったのです」
「やはりジャニーズとしては嵐の宿泊先は知られたくないだろうしね、できるだけホテルのことは内緒にするだろうね」
「そうですね。嵐が台北の空港に到着したときは、その情報を得たすごい数の人たちが、空港に駆けつけたそうですけど、あのホテルから出発する画像には、それほどの人数がいないような感じでしたよね」
「だとすれば、嵐が空港に到着するという情報より、宿泊先の情報を知ることは、より難しかったということだけじゃないの?どちらにしても限られたファンの人たちが、情報を得たということにはかわりがなく、その中の1人が早苗さんだった」
「そうですね。ただ私はこのアリーナのチケットの取得のことと、このホテルの情報を合わせて考えてみると私としては{早苗さんは、どのようにしてチケットを取得し、そしてどこから嵐
の宿泊先の情報を得たのかしら?}と気になってしまったのです」
「ただ単にチエより早苗さんのほうが情報通だったってことかもしれないよ?いまのところ、そのことが早苗さんの消息のことと関わりがあるのかどうか、まだわからないね」横にいる由比は、うんうんと小さくうなずきながら考え込んでいる。
「おい由比、うなずいてばっかりいられないよ。チエと君は大変かもしれないぞ。この早苗さんの部屋とマンションの監視カメラの録画の調査を明日から開始してもらうことになるからね。しかもそれを完璧にやる必要がある。ここにこの調査のひとつの鍵があるかもしれないから責任重大ですよ」
そう和田に釘を刺された由比はとたんに静かになった。
「どちらにしても一人の女性が行方不明になっていることを肝に銘じて、これから調査をしてくれ。私たちはなんとしてでも早苗さんを探し出さなくてはならないんだ」

1-5 嵐のアリーナ席

 
オフィサー社を出た愛早苗の両親と泉優子をJR池袋駅に下ろし、和田とチエは探偵社事務所に戻った。和田はスタッフを集めようとしたが、出払っていてチエのほかは由比しかい。
「これは匂いがするなぁ」と所長の和田がつぶやいた。
「私もなんとなくそう思います」とチエは大きくうなずいた。
「早苗さんの携帯電話が普通になっていることがまず第一だ」
「部屋のほう、警察は、不審さはないと言っていたということでしたよね」
「いや、事件性がないと思っているからだろう。確かに整理整頓されてはいるからね」
「警察は現実的に何かが起きないと動かないんだわ」
「でもいったいどこにいるというのでしょうか早苗さん?もし誘拐ならば、誰かからのアクションがあってもいいでしょうに。

それともシンガポールで、まさかどこかの国の人間が秘密裏に日本人を誘拐?」
「とにかく私は急いでシンガポールへ飛ぶことにする。もしかするとこの件は少しやっかい
になるかもしれないから宇多田さんに協力してもらうことにしようと思う。私が東京に帰ってきたら、相談することにしよう。

どちらにしても急いで監視カメラの録画をチェックしておかなければならないし、部屋の埃のほうも明日から開始することにしよう。その調査はチエと由比でやってくれ」
「それで和田さん、、、私ちょっと気になることがあるんです」とそばのチエは言い出した。
「私、嵐のファンだからじゃないけど、あの早苗さんの文面が頭から離れないんです」
「文面って?」
「早苗さんが優子さんへ当てた手紙のことです」
「それがとうした?」
「いえ、ちょつと気になったのは、早苗さんは嵐の台北公演をアリーナ席で見たって言ってましたよね」
「そうだね」
「優子さんのお話だと早苗さんは嵐の会員で、今回の海外公演だとジャニーズの主催するオフィシャルツアーというものがあるんですけど、それに申し込んだけど抽選に外れたそうです。私も外れたのでわかるのですが、そうなると彼女の場合も自力でチケットを手に入れたはずですが、台湾でチケットを融通してくれる友人でもいないかぎり、簡単には手に入らないと思うのです。だとすれば、手に入れる方法で思いつくのはオークションか何か?
、、、でも嵐のアリーナ席ってけっこう高いのです」
「どのくらいの金額で買えるの」
「席によりけりで値段は一概に言えませんけど、私の場合はスタンド席でしたが、給料が吹っ飛んじゃいました」
「えっ?お給料を全部、、、、?」とスタッフの横にいる由比が思わず口を出した。
「なによ由比、こんなときにおふざけはやめて。とにかくあの早苗さんの手紙では台北でアリーナ席のいいところで観たということだったし、次のソウルや上海のアリーナ席のチケットもスムーズに手に入るように聞こえるの。でもこれはと思うアリーナのいい席というのは簡単には手に入らないはずだし、たとえばオークションとかなると相当、高くなるはずなんです」
「それはそれなりに金額を覚悟するということかい?」
「お金のことはそうなんですけど、そう意味でなくて早苗さんのあの手紙のニュアンスでは、もしかするとオークションでの購入じゃなかったのかもしれないと思ったんです。他に手に入れられるルートが見つかったのじゃないかと、、、」
「ほう、、ジャニーズがチケットを販売する場合、国内と国外とでは違うらしいね?」
「国内では嵐の会員対象。海外では現地の人が対象らしいけど、私も詳しくは知らないんです」
「そのへんも調べる必要があるかなぁ?ただチエは今度の嵐のソウル公演が迫っているけどチケットのほうはとれそうなの?」
「はい、なんとか」
「それで調査料金のこともあるから、ソウルの調査はチエ1人で大丈夫?」
「なんとかやってみます」
「ほんとに大丈夫?」と由比がチエの顔を覗き込む。
「由比、あんたはよくちゃちばっかり入れるのね。それより所長、それともう1つの疑問が、、」

1-4 早苗のスケジュール


「10月17日(金)羽田→シンガポールのフライト済み。シンガポール市内にあるマンダリンホテ
ルに1泊の予定でチェックイン済み。
10月18日(土)チェックアウト済み。休日
10月19日(日)休日
10月20日(月)会社には、この日の休暇を届け済み。
10月21日(火)会社には、この日の休暇を届け済み。
ただ翌日から仕事が入っているため、この日から再びマンダリンホテルにチェックインして4連泊の宿泊予約済みだったがチェッインもキャンセルもなされていない。
10月22日(水)午前10時、シンガポールの取引会社Dragon社の担当者と愛さんはアポイン
トがありましたが、取引先から、約束の日時に愛早苗さんは来社していないし、連絡がとれない状態となっていることがわかりました。
Dragon社で愛さんはこの22日(水)から24日(金)まで仕事の予定でした。
10月25日(土)休日
10月26日(日)休日
10月27日(月)シンガポール→羽田、帰国予定だったが、フライトをしていないようです。
10月28日(火)当社へ出社予定でしたが、愛さんとは連絡が取れず不明です。
10月31日(金)羽田→ソウルのフライト予約済み。会社には事前にこの日の休暇を届け済み
。この日から2日(月・祝日)まで、ソウル市内の某ホテルに3連泊の宿泊予約済み。
11月 3日(月)ソウル→羽田の夕方のフライトを予約済み。会社には事前に休暇を届け済み。
11月 4日(火)出社予定         
11月14日(金)羽田→上海のフライトを予約済み。上海の某ホテルに3連泊を予約済み。
会社には事前にこの日の休暇を届け済み。
11月15日(土)休日
11月16日(日)休日
11月17日(月)上海→羽田のフライトを予約済み。会社には事前にこの日の休暇を届け済み。
11月18日(火) 出社予定
と如月専務は、早苗の予定表を読み上げたあと、愛早苗のご両親の方を向いて言った。
「彼女は10月17日、シンガポー市内のマンダリンホテルに宿泊し、予定通り翌日の18日(土)にはチェックアウトしています。出張前には同僚に18日から21日まで土日の休日と有給休暇を消化して現地で観光をすると言っていたそうです。
その後は10月22日の午前10時に取引先のDragon社での仕事のアポイントが入っておりまして22日から24日まで、その会社との仕事の予定でした。ですから、その前日の21日に再び
そのマンダリンホテルに4連泊の予約しておりました。ですが、その約束の22日にDragon社から「早苗さんが約束の時間に来ないが、どうなっていますか?」というお問い合わせが弊社
へ入ったわけです。それはおかしいということになって彼女の携帯に連絡をしてみたのですが不通になっていたのです。
そこで宿泊先のマンダリンホテルに問合せしてみましたところ、予約していたはずの21日にチェックインもキャンセルの連絡もなかったというのです。これはもしかすると彼女に事情ができたり、体調でも悪くなって、ほかのホテルかあるいは病院にでもいるかもしれないと考えまして探してはいるのですが、いまだに見つかりません。
それにしても彼女が理由もなく仕事の約束の日時をたがえるはずがなく連絡もないというのはおかしなことなのです。ご両親様もそうでしょうが、不安なのは彼女の携帯電話が不通になっていることです。私どもといたしましては念のため、彼女の東京のご自宅のマンションへうちの社の者を行かせたのですが、入り口のインターフォンでは返答がありませんでした。それでたいへん心配になりまして10月23日にご実家のほうに連絡をさせていただいたわけです」と説明した。
 「そうすると早苗さんは10月18日にマンダリンホテルをチェックアウトをしたあと、どこへ行くというようなことを言ってらしたのですか、ご存じの方はおられるでしょうか?」和田は尋ねる。
「はい、同僚には仕事の数日前にシンガポール入りして観光するとは言っていたらしいのですが、具体的にどこに行くというのは誰も聞いていないのです」
「ほう、誰も詳しくは知らない?ところで早苗さんは御社で、どういうお立場でしたか?」
「彼女は入社時は事務的な仕事が主でしたが、その後ソフトウェアの開発部門を希望され、見習いからはじめたのですが、めきめき上達されました。語学も堪能で、現在では開発部門から離れて、新しい取引先開拓のための営業活動を行うプロジェクトチームのリーダーまでになって活躍していただいております。プロジェクトチームは専門的な知識だけでなく、語学力や営業面でもそれなりの力がなくてはならないのですが、彼女はその点、技術面だけでなく人当たりがよく、機転の利くうってつけの人材だと会社は認めていておりました。いま彼女は部長になっておりまして、近い将来、常務の肩書きを用意していたくらいです。異例かもしれませんが」と如月専務はそう答えながら、先ほど読み上げた予定表を和田に手渡した。
「ほぅ、若くして常務候補ですか?」
「そうです。当社は実力主義的なところがありまして、彼女のことを高く評価していたのです」
「もしかすると今回のシンガポールでのお仕事というのは彼女1人だったのですか?」
「はい。彼女はDragon社とは日本でも現地でもすでに何度か仕事をこなしておりましたし」
「飛行機やホテルはどこで予約するのですか?」
「うちの近くに取引している旅行社がありまして、そこで出張する人は予約することになっています。支払いは会社持ちになるのです。もちろん個人的なものの支払いは別ですけど」
「失礼ですが、早苗さんがシンガポールへ出張される前後、御社のどなたか同じようにシンガポールへ行かれた方、あるいはほかの海外へ行っていた方はおられますか?」
「そこまでは考えておりませんでしたが、調べてみることにいたします」と如月専務は少しうろた
えたような様子を見せた。

1-3 重要な情報

「もし机を拭いたあと、すぐにノートパソコンを持っていったとすれば、机の表面は均一な埃がついているはずです。しかしそうはなっていない。そのノートパソコンを置いていたらしい部分の埃のつき方と、その周りの埃のつき方はよく見ると違う。とすれば早苗さんが机の表面を拭いてノートパソコンを置いた何日後かにそのノートパソコンを持っていったらしいことがわかる」そう和田は言いながら、右手の人差指で2か所を指し示しながら「それにこの部分を見てほしいのですが、この二つの部分はパソコンが置いてあったところの両サイドのところだと思います。ノートパソコンを持ち上げるときに机の表面に手が触れた部分らしく、大きく埃が取れているところです」
「ということはノートパソコンを置いてあったけれども持ち去った日から今日までの間に少し埃がついていて、持ち去るときに両手でパソコンを持ち上げたとき、持ち上げる手の部分の2か所のところの埃が取れたというわけですね。でも机を拭いた数日後、持っていったということで別に何もおかしくはありませんよね」
「もちろんそのことに問題はない。ただひっかかるのは、そのパソコンの両サイドを持ち上げるとき、人差し指から小指ぐらいの甲側が机の表面に触れると思うのです。
早苗さんは小柄だということですし、女性の手は小さいでしょうから、そのパソコンを持ち上げるときには、ほとんど机の表面に触れるか触れないくらいかもしれない。
ところが、その部分をよく見てみると、その部分の埃が普通の女性の手より大きく取り去られているようなのです。まるで持ち上げた人が手袋をつけてでもいたかように見えるのです」
「ええっ、」とそばに立っているチエは素っとん狂な声を出した。
「たしかに早苗の指は細いし、手は小さいほうです」と早苗の母である恵子はうなずいた。
「なるほど言われてみれば、少し気になるところですね。早苗さんがノートパソコンを持ち上げるときに手袋をつけていた?もしくは両手にタオルか何かを持っていてそれで持ち上げた?」
チエはそう言いながら、うんうんとうなずいている。
「それもそうだが、問題はいつ彼女が机を拭いて、いつパソコンを持っていったかということでしょうね。調べてみれば、おそらく、その日付がわかるだろうということです」
「えぇっ、そんなことどうやってわかるんですか?」
「このマンションの出入り口には監視カメラが設置してありますから、おそらく録画されているはずです。その録画されたものを見たいのです。ご両親は大家さんと連絡がとれるのでしょうから、これからすぐに大家さんに連絡をとっていただいて、その録画をすぐにでも見せてもらえるようにしていただけませんか?」
「あぁ、そうだわ、それが見れれば一目瞭然ということですね」とチエは納得している。
和田に促された啓介は携帯電話を取り出し、大家に連絡をしたところ「入り口にある監視カメラの録画は12日のサイクルで録画されるので、今日から12日前までのものは見ることができると思います。ですがその録画されたものを見るためには、私の一存ではできません。このマンションの管理組合の理事長の承諾が必要です。ご事情がご事情ですから、これから理事長に連絡をとってみます」と好意的な返事に聞いているみんなは喜んだ。
「もしその録画を見ることができ、さらに机の埃の調査をすれば、ほぼ日付がわかるだろう」
「えぇっ、さっきの早苗さんが出て行った日付を推定するというのは、録画されたものから確定できるということじゃないんですか?和田さん」
「いや意味が少し違う。録画では出入りの日時が確定できると思いますが。机の埃の調査を行うことで、ほかの重要な情報が得られる可能性があるのです」
「重要な情報?」
和田から、その調査について詳しい説明を聞きいた一同は早苗の自宅マンションを出た足で、早苗の勤務先であるオフイサーソフト社に向かった。到着したのは陽が傾きかけたころだった。オフィサーソフト社は池袋駅の東口側にあり、事前に訪問することは連絡してあった。
エレベーターから出て案内され、すぐ斜め前の応接室で待っていると中年の男性が急ぎ足で入室してきた。
「どうもすみません。お待たせいたしました、、、はじめまして、愛さんのご両親ですね。このたびはたいへんご心配のことと思います。私、専務の如月と申します。どうぞよろしくお願いいたします」と低姿勢だった。如月専務は探偵の和田とは顔見知りのようであり、一通りの挨拶を済ませたあと話し出した。
「私どもが10月22日に愛さんと連絡がとれないとわかって、今日が28日になりますから、一週間以上にもなります。いまだに愛さんの携帯電話が不通になっているようなのです。うちとしましてもたいへん心配しておりまして、いろいろと問い合わせをしているのですが、いまだによくわからないのです」と軽く頭を下げ、続けて言うには「愛さんはあるプロジェクトチームのリーダーになっていただいていまして、彼女がいないと支障をきたす
ことが多いのです。愛さんの予定では10月17日に日本を発って10月22日にシンガポールの取引先会社と仕事の打ち合わせに行くことになっておりました。その17日にシンガポールに到着されてから21日までは、土日の休日と有給休暇で現地で観光をするというこ
とになっていたのです。現地で休暇を楽しんだ後の22日の約束の時間に取引先会社に
行くという旨を本社には届けていたのです。一応、彼女の予定を調べておきましたので」
と次のように愛早苗のシンガポールでのスケジュールを如月専務は読み上げた。

1-2 早苗の部屋

外は肌寒かった。
和田は探偵所スタッフのチエという女性を呼んだ。チエは皆ににこやかに軽く会釈をした。
和田とチエ、早苗の両親と優子の5人はワンボックスカーに乗り込んで探偵社を出発した。
チエは車の後部座席に並んで座っていたのだが、愛早苗の消息不明の話を聞くにおよんでただならぬ気持ちだった。というのはチエも嵐の大ファンで、彼女も休みをとって嵐の台北公演を観てきたばかりだったのだ。で、実は次に開催される2008年の11月1日(土)と11月2日(日)のソウル公演、そして11月15日(土)と11月16日(日)の上海公演予定を楽しみにしていたのである。
チエは同じ嵐のファンである愛早苗という女性が行方不明だということを他人事とは思えなかった。嵐を好きな人の消息がわからないと聞くや、なんとか力になりたいと申し出たのである。

大塚にある早苗の自宅マンションはそれほど遠くはなかった。
しばらくして一同を乗せた車は早苗の住むマンションに到着した。
父親の啓介は大家から預かっていた合鍵でオートロックを開け、そしてエレーターで上がり、701のその部屋のドアを開けた。
部屋の中の入り口すぐにあるスイッチを入れると薄暗かったワンルームの部屋全体がパッと明るくなった。人の気配はなくカーテンは閉まっている。
「念のためですが部屋のものに直接、手をふれないようにしましょうか」と言いながら和田は手袋を皆に見渡した。早苗の両親も親友の優子も探偵のチエも手袋を用意していなかった。警察の言うように部屋は整理整頓されていて荒らされた様子もなく、特に不審さはないように思われた。和田は、じっとしていたかと思うと動き出し動き出したかと思うとじっとしていたが、しばらくすると、「ちょっとお聞きしますが、早苗さんはきれい好きのように思えますがいかがでしょう?」と言い出した。
「そうです。たいへんきれい好きで、ちょつと神経質なところがあります」
「ちょつとこれを見ていただきたいのですが、、、」
「この机の表面なんです。できれば息止めてじっくり見ていただきたいのです」と言われて一同はかわるがわるじっと見つめていった。しかし見終わったあとチエは声を出した。
「机の表面でしょ?別に変わったところはないように思えますけど」
「どなたかお気づきになられたでしょうか?」
早苗の両親は意味合いがわからず首をかしげている。優子は黙っている。
「もう一度、どうぞよ~く見てください。この表面の埃です」再び、みんながかわるがわる机の表面を見つめた。
「そういえば表面の埃が一定というよりかまばらにあるように見えるところがあるようですけれど」と見終わった優子は言った。
「そうですよね、まばらなところがあるようです。普通、テーブルでも机でも全面を一度に拭きますよね。しかしちょっとこれは違うところがあります」そう和田に言われてもう一度、皆は
かわるがわる机の表面を斜めからじっと見つめた。こんどは長い時間がかかった。
「これはもしかすると、、、」見終わった優子は和田を向いて言った。
「これって、もしかすると、、」
「おそらくそうです。この付近ですが、なにか置いてあったようにようですね。
この辺の部分と周りの部分の埃の量が違うようです」と和田は指差した。
「どういうことなのか教えていただけませんか?」早苗の男親の敬介は心配そうに声を出し、妻の恵子は隣にいて黙っている。
「早苗さんはきれい好きとのことですから、部屋はよく掃除をされると思うのです。
普通、机の表面を拭くときは置いてあるものを片付けたあと、その表面全体をきれいに拭くはずですよね。そして拭いたあとに元のように物を戻すと思うのです。ところが、これをよく見ると以前、何か物を置いてあったような部分のようなのです。そこの埃のつき方とその周りのと違いがあるように見えるのです。つまり机を拭いたあとに何かを置いていた。
そしてその物を何日後かに持ち去ったような、、、形跡が、、」
「というと、どうゆうことなのですか?」と啓介は心配そうに言ったが、優子は言い出した。
「私もそう言われて思い出したことがあるのですが、以前にこの部屋にお邪魔したことがあって、そのとき1台の黒色のノートパソコンが、たしかこの机の上に置いてあったと思います」
「早苗さんが、パソコンを持って海外に行ったということなのでしょう?」とチエは言い出す。
「でも、この机に置いてあったそのノートパソコンには、彼女が集めたお気に入りの嵐のシールを飾っていて、普段は持ち出さないようなことを言っていました」
「それは本当ですか?」と和田は優子を見つめながら言った。
「だとしても、やっぱりご本人が持ち出したものでしょうから問題ありませんよね」
とチエは言ったのだが、「いや、そうじゃないかもしれない」と和田はさえぎった。

1-1 arashi


2017年1月27日にジャニーズの嵐は2020年12月31日をもってグループ活動を休止、停止することを発表した。

この物語は、その約10年くらい前から始まっていた。
愛早苗という女性から親友の泉優子宛に郵便物が届いた。
「嵐の2008年の台北公演では予想もしないアリーナのいい席のチケットが取れました。
だからそのコンサートでは嵐のみんなともバッチリ目が合ったし、超楽しかった。
次のソウルも上海もいい席が、なんとかとれそうなの。

優子もみんなも行けなくなって残念。
でもまた次の機会があるだろうし、落ちついたら一緒に行きましょうね。

しばらく忙しいけれど会えるのを楽しみにしています。

この郵便物に同封しておいたDVD (YouTobeにshotennokiでアップしておいたから見てね) は朝、台湾の台北の○○ホテルから嵐のメンバーが出てくるのを撮ったものです。

実は私もこのホテルに泊まっていたのよ。

この動画には松潤が映っていないけれど、先に会場に行ってたみたい。でもよくぞ撮れたでしょ。へっへっへ、、、ラッキーでした、、、、。それではまた連絡します」と手紙が添えられていた。
しかし愛早苗とは連絡がとれず行方不明になっているのである。
「これは早苗が台北で映したものをDVDにして、この手紙と一緒に送ってくれたものです。

YouTobeでも確認しました」と泉優子は説明した。

早苗からの手紙を読み終えた探偵社「二人の幸せ研究所」所長の和田は、さっそくそのDVDをビデオデッキに入れて見ることにした。
プッ、、、しばらくするとテレビ画面に現れる。
「これは、、あのジャニーズの嵐ですか?」
「そうです。嵐がARAOUND ASIAとして、日本の国立競技場をかわぎりに海外では台湾の台北、韓国のソウル、中国の上海の3ヵ所でコンサートを行う予定にしているのです。
すでに日本の国立と台北公演は終了しましたけれど、そのあとのソウルと上海のコンサートを彼女はとても楽しみにしているのです。

全部制覇するわよ」と言っていました。
この日、優子は早苗の父である愛啓介と母・恵子とともに探偵社「二人の幸せ研究所」を訪れていた。
「ジャニーズの嵐はすごい人気者で、こういう至近距離での場面はなかなか撮れないんでしょう?」
「そうですね、、、難しいと思います」
しばらく探偵社所長の和田と泉優子のやりとりを聞いていた早苗の父・啓介は、かぼそい声で話し出した。
「先日、娘の勤める会社から突然、電話がありまして、娘と連絡がつかず困っているというのです。

というのは、娘はシンガポールの取引会社先で仕事をする予定になっていたというのですが、約束の日時になっても娘が現地の会社に来社してこないというのです。
それでそのシンガポールの会社から「まだ早苗さんが来社してこない」ということを娘の日本の勤務先へ問い合わせの連絡が入ったそうです。それで勤務先の人が娘の携帯電話が不通になっていて連絡がとれないので娘のマンションまで行っていただいたとのことです。
しかし娘の部屋からは返答がまったくないというのでさらに心配してくださって、会社から私どもに連絡があったのです」と父の啓介は話し出した。
「娘は東京豊島区の大塚にあるマンションに一人住まいをしております。

私たち家族は埼玉に住んでおりますが、娘が海外に行く予定になっていたなんて聞いていなかったものですから、もしかすると娘がマンションで倒れているかもしれないと思い、急いで私たち夫婦で娘のマンションに行ってみたのです。

娘の部屋からは返答がないので大家さんに事情を話して娘の部屋のドアを開けてもらったのです。

やはり本人はいませんでした。

それで会社の人と相談して警察に届け出ることにしたのです。

警察官は一緒に早苗の部屋を見てくれたのですが、「特に不自然なところはなさそうですね。お話を伺うとシンガポールに行ってらっしゃるとのことですから、娘さんからの連絡を少しお待ちになってみてはいかがですか?〕とのん気なことを言っているのです。
私たちは、娘の勤務先とも相談し、娘の携帯電話が不通になっているし、至急、捜索をしてほしいと頼みましたけれど、しかし警察からはなんの連絡もなく、いたずらに日が過ぎているのです。

娘との連絡がまったくとれないので心配でしょうがありません。

知りえるところには連絡をしてみました。

ここにいらっしゃる泉さんは娘の親友で、先日、娘からの郵便物を受け取ってらしたことがわかったのですが、今のところ、ほかは誰も娘がどこにいるのか知らないのです。

会社はコンピューター関係の仕事をしておりまして、説明していただいたのですが、娘は仕事でシンガポールへ行くことになっていて、現地のホテルには一晩、泊まっていたことはわかったそうです。しかしそのホテルは、すでにチェックアウトしたとのですが、その後のことがよくわからないと言うのです」話し終わると目の前の湯飲みを取り上げ、一気に飲み干した。

啓介はあまり熟睡できていないような表情をしている。

隣に座っている妻の恵子は心細そうな顔で探偵社所長の和田を見つめている。
実はこの探偵社「二人の幸せ研究所」という探偵社は、早苗の勤めるオフィサーソフト社と取引関係があった。自分と他人、男と女、子と家族人間関係、雇用関係などを組織工学的な問題ととらえ調査し解決するところである。
泉優子は、夫の浮気について親友の愛早苗に話をしたことがきっかけで早苗が優子にこの探偵社を紹介してくれたといういきさつだった。しかし皮肉にも今度は優子が早苗の行方を捜すために、早苗の両親とともにこの探偵社を訪れることになってしまったのである。
「となるとまだシンガポールあるいは海外のどこかにいるかもしれないというわけですか?」
と和田は切り出した。
「そうなんです。シンガポールの会社の人の言うには、早苗はシンガポールのホテルには一泊しましたが、そこはすでにチェックアウトをしていたということです。その後、数日おいて同じホテルに再び予約していたはずだとのことですが、そのホテルにはチェックインをしていないということでした。それに予定の10月24日のシンガポールから羽田への帰国便を予約していたにもかかわらず、早苗さんは乗っていないらしいのです」
「早苗さんは責任感が強くて仕事をほったらかしにするような人ではないし、会社にも連絡をとらず無断でキャンセルするようなこともしたことがないと言っていましたし、だいいち彼女の携帯電話が不通になっているのは、身に危険なことが起きているとしか私には思えないんです。ただ何らかの事情があって連絡できないということもありえるのでしょうけれど、、、、」と優子は早苗の父、啓介のほうをちらりと見たあと和田に向かって言った。
「ご事情はだいたいわかりました。どちらにしても早苗さんのマンションは近いようですし、これから行ってみましょうか」と和田は言いだした。