動機の意図

1-158 動機の意図
ミセスジュリアと李ガンスとの表情の違いを優子は思い出している。

ミセスジュリアは優子と織江と会った瞬間、何でもない初対面の表情をした。

しかし優子が早苗のことを耳打ちすると驚きの表情を見せ、ゼスチャアを交えながら関係を否定した。

一方、李ガンスは優子を見た途端、驚きの表情を見せた。

それどころか優子がミセスジュリアに耳打ちしただけでさらに嫌な表情を見せた。

ミセスジュリアも李ガンスも優子の隣にいた織江については何の感情も表さなかった。

ミセスジュリアが夫の浮気調査を日本で行ったときの映像に早苗と優子が映っていたとしても優子の印象は残っていなかったことになる。

あくまでもターゲットは夫と浮気相手を調査することだから、ミセスジュリアにとっては早苗の様子が気になるところである。

ところが李ガンスは違う。

優子の顔を覚えていたことになる。

{ なぜ、他人で会ったこともない人間のことを覚えていたのだろうか? }と優子は考えている。

{ なぜ自分の時だけ李ガンスは、見ただけで驚きの表情を見せたのか? }

しかも優子がミセスジュリアに耳打ちしたときの彼女の驚きようと否定の仕方には、明らかに早苗の事は十分に知っていたことがわかる。

それを横で見ていた李ガンスのいぶかしげな嫌な表情を考えれば、早苗と優子の関連を知っていたのだろう。

もし、ミセスジュリアが浮気調査での映像を見ていたとしてもこのミセスジュリアと李ガンスの見方は違うことだろう。

ミセスジュリアにとって、早苗は夫の浮気相手。

李ガンスにとっては所詮、他人事に違いない。

しかし今思えば、あの時点ではミセスジュリアと李ガンスはすでに早苗を殺していたのだ。

殺人するほどの動機は、二人にあるのだろうか?

早苗の妊娠に気づいたとして、早苗が王紅東とのその妊娠の関連を否定したとしたら、どうだろうか?

少なくとも李ガンスには殺人の動機がない。

するとミセスジュリアの強い殺人動機は、夫の浮気相手と早苗の妊娠にあるのだろうか?

もし優子だったら、浮気している夫を問い詰めるだろうし、離婚をせずのままにする。

その浮気相手が子を産んだとしてもある意味で知らぬ顔をする。

その場合、その子は私生児になるだろう。

つまり、夫が浮気をして浮気相手が妊娠していたとしてもさまざな対処方法があるはずだ。

危ない橋を渡って殺人までするほどのことだったのだろうか?

もしそういう状況にミセスジュリアがなりつつあったとしたら李ガンスは止めたことだろう。

それでも早苗を殺すほど憎い気持ちが高まったということだろうか。

どうも早苗の事件を考えれば考えるほど疑問の気持ちが沸いてくる。

{ もしかしたら、私も警察も気づいていないことがあるのかもしれない }
優子はそんな思惟を進めていた、、、。

うむいの小さな人差しの指先が正面から優子に向いているのが見えてきた。
その指先が、しだいに大きく迫ってきて何かを感じられるのが不思議だった。
ふと自分自身のことを思い浮かべた。
優子は夫の純一に離婚を申し込まれていた。
優子は大学卒業後、就職したがその美貌に惚れ込んだ今の夫の泉純一と結婚した。
結婚当初の夫は会社勤めをしていた。
住まいは大阪の実家だったが、夫は勤めていた会社を退職し、仲間と共に東京で空気清浄機の製造販売するエアプリティという会社を興した。
独立し将来の夢に燃えていたものの、なかなか芽が出ない日々が続いていた。
ところが純一は空気清浄機の特許技術を持っていて、それが市場に認められたことからクリーンシェア社と提携することとなった。
夫と仲間はこの商機を逃すまいと必死で、そのクリーンシェアとの提携に力を注いでいたのである。
そのことで純一のエアプリティ社はクリーンシェア社との新しい空気清浄機の共同開発することになった。

それからは軌道に乗っていったというより純一のエアプリティ社は飛ぶ鳥を落とす勢いで成長しているのである。
そのことで夫の純一の全国への出張は多いものの、家庭を守る優子はそれなりの幸せを感じていた。
うむいの子育ても自分の実家のある東京だから、何かあると実母が手伝ってくれる。
ところが夫が仕事で日本各地に出張しているうちにどうも様子がおかしいと感じ始めた。

優子は夫の浮気を感じたのである。
ミセスジュリアと同じ立場になる。

夫、純一は仕事柄、お付き合いで水商売の店に出入りするのはよくあったが、それほど優子は気にしてはいなかった。
しかし特定の女性と付き合いをしていると感じてからは、いままでの夫への信頼性が崩れていった。
それを親友の早苗に相談したところ、早苗の勤めていた会社と提携している探偵社を紹介してくれたのである。
優子の夫の調査をしてみると、やはり特定の女性と浮気をしていた。
その証拠もとれ、相手の女の素性も判明した。
そのころから夫は離婚を言い出したので、夫婦での話し合いは持たれはしたが、優子は相手にしなかった。
優子は夫や背後にいる女の言いなりになるつもりはなかった。
夫の不貞なのに条件を提示され離婚したいという夫の要求通りにはいくはずがない。
こちらは浮気の証拠を撮ってあるから、裁判しても何にしても勝つに決まっている。
話し合いの決着がつかないまま夫は、しだいに家に寄り付かなくなり、とうとう家に帰ってこなくなった。
そんな状況に優子としては夫の首に縄をかけて連れてくるような策は考えることはできる。
夫や相手の女のことを社会的に抹殺するようなことも考えられる。
女は怖い生きものである。
だが優子はその気になれなかった。
優子の性格が熱情的で間違ったことが嫌いという一面があるものの、ある意味、淡泊な性格だったからかもしれない。
ある期限内であれば慰謝料とか、さまさまな対処方法をとることができるはずだ。

優子は気持ちの悪さを感じている。

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