推考

1-157 推考
優子とうむいの遅い夕食の場だった。
うむいのゆったりとした食事の様子に いらいらしてきた優子だったのだ。
うむいが持っているスプーンを取り上げた優子は、おかゆをすくい、うむいの口の中に差し込んだ。
そして間をおいた二度目には、強引に口に押し込まれることを予想したうむいは「やめて」と抵抗するような手の仕草をしているように見えた。

しかし何かしら優子は意味の違う感覚があった。
眼前にうむいが立てた右手のひらを見つめているうちに優子は思わず息をのんだ。
それは、、、
うむいの片手から醸しで出たものだった。

その隻手の延長線上に優子の脳裏に浮上してきたものがあった。

それは早苗はお腹の子に対しての愛情の向け方と優子がうむいに向けている感情の違いだった。
優子は先ほど泣いていたときは落ち込んではいた。
それがさらに深みに落ち込んでいくような感覚になってしまった。
自分のいたらなさを感じていた。
ところが優子の愛情といらいらしたその感情がぶつかり合う中で、うむいの片手を見つめているうちに何かが浮上してくるものがあったのである。
しかもその刹那、優子には疑問が沸き起こった。
ミセスジュリアと夫の王紅東は結婚後、まだ子供がなかったという。
ミセスジュリアは、いつしか夫の浮気相手としての早苗が妊娠していることに気づいた。

しかしそれでも早苗を殺すようなこができるものだろうかという疑問だった。
激情することは誰しもある。

それは人それぞれだろうし民族性や考え方からのも違いもあるだろう。
ミセスジュリアが毎日のようにお酒を豪放に飲み、客船で見せていたような明るく気安く人と接することができるのは、本人の性格もあることだろうが家庭環境などのなせることかもしれない。
環境的な慣習的な穏やかさと明るさが、逆に怒りとして激して作用するときには、人は思いもしない行動をすることがあるのかもしれない。

しかし夫の浮気相手を拉致、監禁、さては殺人まで行うだろうか❓
ミセスジュリアの夫はちょくちょく浮気をしていたと聞く。

その浮気相手たちに対して、ミセスジュリアはどうしていたのだろうか❓
その新たな浮気相手が日本人女性の早苗だった。
その早苗がシンガポールに仕事で来るときに罠を仕掛けていたのだろう。
ミセスジュリアは会う前から罠を仕掛けていたとも言える。
なぜだろうか、、、、。
ミセスジュリアは早苗が宿泊していたシンガポールのホテルに会いに行ってもよかったはずである。
しかし早苗の観光の途中に李ガンスと共謀して、自分のクルーザーにおびき寄せている。
それは手の込んだことでもあるし、手間もかかることだった。
そこに優子は早苗の事件の計画性と違和感を感じていた。
ミセスジュリアと李ガンスは早苗をクルーザーにおびき寄せて、拉致し監禁している間に早苗の替え玉を用意して客船に侵入させた。

それは早苗の持ち物をすべて持ち去ることと、早苗が行方不明になっていないという状況を作っていることになる。
さらに日本にある早苗のマンションにまで誰かを行かせて、そこでも早苗の物を窃盗していたのだ。
早苗に対してのミセスジュリアの怒りは推察できるのだが、その先の行動には何か不自然さが感じられた。
確かにミセスジュリアはいしつか早苗の妊娠を知ったのかもしれない。
それでも殺人という行為まで及ぶというのはやはり尋常なことではない。

人は危ない橋を渡りたくないものである。
しかしミセスジュリアと李ガンスの二人はやり遂げたのである。
早苗の殺人事件はどうしてもミセスジュリアだけの策略には感じられない。
{ そうだ!あのとき、、、}
それは、客船ピュアプリンセス号のパーティでのひとときだった。
あのパーティのとき、船の大株主であるミセスジュリアの誕生日を祝うこととなった。
そのミセスジュリアと船のお客たちが次々に挨拶をしている場面だった。
あのときにミセスジュリアとその隣に立っている李ガンスが優子と織江の順番になり、挨拶を交わした時の二人の顔の表情を思い出していた。
あのとき、、、、、
優子の顔を見て握手をした時に驚きの表情を見せたのは、ミセスジュリアではなく李ガンスだけだった。
もしミセスジュリアが夫の浮気調査をしたのであれば、依頼された探偵社か、あるいはどこかが早苗の行動調査をしたことだろう。
早苗の行動調査をし、たまたま優子と会っていたときの行動も撮影されていた可能性が高い。
しかし、もし写された二人の映像をミセスジュリアが見たとしても優子のことはさほど印象には残らないだろう。
なぜならばターゲットは早苗だろうし、友達らしい女性の優子を見てもそれほど関心がないはず。
さらに李ガンスにとってもさらに関心はないはずなのだ。
そのことはあの客船のパーティのときのミセスジュリアが優子の顔をみたときの表情に現れていた。
ミセスジュリアは優子と織江には初めて対面するような表情であり、にこやかに接していた。

自然だった。
そこでミセスジュリアは優子たちのことは知らなかったことがわかった。
しかし優子が一言、早苗のことを耳打ちするとミセスジュリアは先ほどとは違い、一変して驚きの表情を見せた。
ミセスジュリアは本来、早苗のことを知らない他人事のはずなのにである。
優子の続けての二度目の耳打ちにはミセスジュリアはジェスチャアまでして早苗のことを否定したのだ。
そのことでミセスジュリアは早苗のことをよほど知っているばかりでなく、明らかに何かがあったことを示唆させたのだった。
最初、優子を見て驚いた様子を見せたのは李ガンスのほうだった。
隣にいた織江に対してはそのような表情は見せなかった。
優子を見た瞬間、驚きの表情を見せ、優子を見つめていたかと思うとそれをさとられたくないかのように下を向いていた。
自分が見られたくなかったからかもしれない。
しかし優子がミセスジュリアに耳打ちした途端の李ガンスとミセスジュリアの驚きと訝し気な表情は忘れられないほどだった。
そのことは優子の隣にいた織江の話でも合致するのだ。

よかったら、以下の応援クリックをお願いします。
にほんブログ村 ⇔ 人気ブログランキングへ

ふと目の前のうむいは食事が終わっていた。
すでにゆったりとしていて、お気に入りのおもちゃに触っている。
そんなうむいを見て優子は我に返ったような気がした。
日常の何気ないこの静けさが、こんどは幸せのひとときに感じられてきた。
先ほどまでのいらいらした感情が嘘のように消え失せていた。
{ 先ほどの興奮した感情はいったい何だったのだろう。
早苗のことを考えるあまり、感情が高ぶったのだろう } と優子は思った。
どっと疲れが出たのか、へたへたとダイニングの椅子に座った。
するとうむいは立ち上がり、右手人差し指を優子に突き出した。
「なに、、?」

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です