焦燥

1-155 焦燥
優子は実家で預かってくれていた娘のうむいを連れて自宅に戻った。
今日は何やかや忙しくて夕食が遅くなってしまった。
うむいはダイニングのテーブルでおとなしく食べている。
優子は台所で自分の食べるものを作りながら考え事をしている。

ミセスジュリアの自宅金庫からビデオが発見されたという報道がなされるとシンガポールから日本へもすぐに伝わっていた。
しかしビデオの存在が報道されたものの詳しい内容は報道関係者に知らされていない。
シンガポール警察側によると、ビデオを見る限り、愛早苗という日本人女性の殺害事件の真相は「不倫関係のもつれ」との判断を発表している。
その犯人は香港からきていたミセスジュリアと李ガンスの共謀で行われたという。
そしてこの事件にはその他に協力者が存在していると発表された。
ミセスジュリアは客船で新型インフルエンザウイルスの陽性が発覚した。

ところが、その深夜から翌日の朝早くの間に部屋のベランダから飛び降りて死亡したというショッキングな事件だった。
そのミセスジュリアの遺体からは新型インフルエンザのウイルスの陽性だけでなく薬物反応まで出たというのだから、シンガポールでは大騒ぎになった。

シンガポールは薬物や武器に関しては非常に厳しい捜査をしたり措置をとる。
しかし警察がミセスジュリアと王紅東の自宅の捜索をしてみると薬物は発見されなかったが、ミセスジュリアの部屋の金庫から愛早苗とミセスジュリアと李ガンスとのやり取りの映像ビデオが発見されたのである。
そのビデオには約一年前に起きた愛早苗という日本人女性の殺害事件の概要が映っていた。

はからずも早苗の事件が再浮上したのだ。
急遽、この事件のミセスジュリアの共犯者とされた李ガンスを探したが行方が皆目わからない。

李ガンスは、ミセスジュリアの死亡事件の重要な参考人とされていたはずである。

その二つの事件に関わる人物が行方不明になったということに、警察側の管理体制の甘さを指摘されている。
これではシンガポール警察の面目がつぶれそうになっている。
そこで被害者が日本人女性ということもあり、シンガポール警察は日本の警察に情報を提供しつつ協力を求めた。
当時のシンガポールは他国地域まで捜査の手を伸ばすことのできるインターポールという組織を持っておらず、自国他国を問わず犯罪捜査をすることは容易ではなかった。
しかし日本はアジアの中ではいち早くそのインターポールの組織を創立させていたのである。

国際刑事警察機構 (英:International Criminal Police Organization略称:ICPO)は、国際犯罪の防止を目的として世界各国の警察機関により組織された国際組織である。
日本国内では頭文字「ICPO(アイシーピーオー)」の略称で呼ばれることが多いが、海外ではインターポール(INTERPOLの名称で呼ばれることが多い。
日本は1952年(昭和27年)の第21回総会で加盟し、国家中央事務局は警察庁である。
なお国際指名手配はあくまで捜査への協力要請にすぎないため、国際指名手配を受けたからといって日本の警察がそれだけで逮捕することができない。
相手国と犯罪人引渡し条約を結んでいたり、国内法に違反していない限り、普通に生活している者もいる。
そんななかで安心安全な国づくりを目指しているシンガポールの地で、うら若き日本人女性が拉致され監禁された上に殺害されたというショッキングな事件が起きたのだ。
シンガポールでは日本人女性に対するこの事件の非情な殺し方に恐れと怒りの声が上がっている。
そしてこの早苗の殺害事件の原因が国を超えた不倫だったと警察が発表したものだから、シンガポール中がてんやわんやの騒ぎになった。
しかもそれを実行した人たちが、もともとのシンガポール人ではなく、香港から進出してきた者たちの仕業らしいことがわかるとシンガポール人たちは彼らへの不審さが増していた。
シンガポールの報道関係者からは、李ガンスなど犯罪者の一味の失踪をなぜ防げなかったのかという批判が持ち上がっている。
政府としてもさまざまな批判を避けるためにもインターポール組織がないことを逆手にとって日本の警察側に協力を求めた。
やむを得ず日本のインターポールの組織に協力してもらうことで、シンガポールは国を超えた犯罪に対処しようとしている姿勢を見せているわけである。

一方、日本でも不倫のもつれが原因で海外で殺人事件が起きたということが大きな話題になっていた。

インターネットなどでは香港人やシンガポール人や日本人などの国民性や民族性の相違まで話題が進展している始末だった。
それでもある意味ではシンガポール警察側の口は堅い部分があった。

ビデオの詳細な内容を知らせることはなかったからである。

あくまでも「不倫関係のもつれ」という認識を持っているという言葉だけであり、ビデオの内容を知らせることはなかったのである。

この事件は個人的事情と捜査を続けているという理由から、その詳細は知らせないということだった。

それにつれられるように協力の要請を受けた日本の警察もさすがに報道陣に流すことはなかった。
しかし状況次第では明らかにされる恐れはあった。
失踪している李ガンスなどが捕まえられたあかつきには、ミセスジュリアの死亡事件と愛早苗の殺害事件が明らかにされるなかにその詳細が発表されることはありえる。
しかし現時点からすればシンガポール警察側は事件とは言え、非常にタイトな個人的事情が含まれているという認識があった。
早苗の両親には秘密裏にシンガポール警察から正式ルートを通じて、ミセスジュリアの自宅金庫に保管されていたビデオと警察からの文書が届いていたのである。
その文書には殺された早苗は妊娠していたとシンガポール警察では判断しているが、その個人的事情ゆえに報道関係者には発表していない旨が記されていた。
それはシンガポール警察及び日本の警察は、現時点では両国の報道関係者には知らせていないという姿勢の意味になる。
そのことは早苗の両親にも親友の優子たちにとっても人情的に思えていた。

優子は後ろ姿で台所に立ち、まな板で野菜を切っていた、、が、、、

今、手を止め、そして両手をついて声もなく泣き出した。
その後ろ側のダイニングテーブルでは、うむいが静かに食事をしている。

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