親の苦悩

1-151 親の苦悩
亡くなった早苗の父の愛啓介、母の恵子は長男夫婦とともに埼玉県でコンビニエンスストアを経営している。
コンビニエンスストアの経営はやはり人が重要なのだが、若い人は埼玉より、どうせ働くなら隣にある大都市の東京という意識があるのか、正社員として雇ってみたもののしっかりした人は定着できないでいる。
なのでアルバイト数人をシフトして家族経営をしているのである。
はた目から見るとコンビニエンスストアのフランチャイジーは苦労なく儲けているように思われがちだが、そういう面はあるもののそれなりの苦労はある。
息子の良太は親の心、子知らずというのか、学校を卒業してもこの店を積極的に手伝おうとはせず、かといってよその仕事に就こうともせず遊びばかりで頼りにならなかった。
むしろ年下の娘の早苗の方がしっかりしていて、暇を見つけては店を手伝ってくれてはいた。
そうこうしているうちに良太は何度か職を変え、親を心配をさせたが、自分より年上の由美を連れてきて数年前に結婚した。
できちゃった婚で、しばらくすると男の子が生まれた。
子供が授かれば、いままでのようにふらふらと遊びほうけていることはできない。
そんなことで結局は良太と妻の由美は実家のコンビニを手伝うことになったのである。
啓介と恵子にとって家を継ぐ男の孫ができたことで喜んだ。
それに嫁の由美は子供の世話をするにしても店を手伝うことができるので少しは助かる。
長女の早苗は大学を卒業後し、順調に東京の会社に就職をした。
親としては早苗が就職したとしてもいつかは退職してくれるものと思っていた。
そして、ゆくゆくは息子と娘にコンビニエンスストアの跡継ぎやら、二店目を開業してもらいたいがために、早苗にいい縁談があれば勧めていたのである。
しかし早苗の方は仕事が忙しいと言って、なかなか話にのらなかった。
早苗は兄に男の子が生まれると「都心に一人で住みたい」と言い出した。
親としては娘の早苗が都心での女の一人暮らしをすることを心配し「埼玉から東京までは、それほど時間はかからないのだから、実家から通う方が何かと便利だろう」と言って引きとめてはみた。
それに仕事で遅くなっても誰かが実家の最寄の駅まで迎えに行けるのだからと説得してもみたが、早苗の気持ちを変えることができなかった。
早苗は「やっぱり足の便が悪いし、夜遅いと疲れるから」と言って、一人住まいのマンションを勤務先近くに見つけたのである。
それでも心配だから週に一度くらいは実家に来るようにと言って、しぶしぶ承諾したのだった。
もともと早苗のほうでは母は体が丈夫なほうではないので心配していて、本当は実家から東京の職場に通う心づもりでいたのである。
しかし兄の嫁になった由美とあまり気が合わなかったのが本当の理由だった。
嫁の由美は長年、水商売をしていたという。
由美は一見、しまりやで主婦らしく立ち振る舞うかと思えるときもあるにはあるが早苗には雑な女に見えた。
パチンコが好きらしく、空き時間があると軽自動車を運転していそいそと出かけていく。
早苗はあんな人では先が思いやられると両親に意見を言ってはみた。
親もそのことはわかっていてもすでに子供もできたのだし、将来はこの店を本格的に手伝ってもらわなければと思っている手前、強くは言い出せないのだった。
そんな家族の様子を見て早苗は一度、実家を出て、一人暮らしを決心したのだった。
その日、優子が早苗の実家に到着したときには、母親の恵子が応対してくれた。
実家の隣にある店では、父親の啓介と息子の良太はアルバイトと共にこれから夕方の忙しい時間帯に備えながら仕事をしている。
由美は男の子の世話をするというので、実家の別室にいる。
優子と恵子は互いに簡単に挨拶を済ませた。
しかし今日の恵子を見て優子は内心びっくりしていた。
恵子の髪はあまり手入れをしていないように見えたし、頬はこけて憔悴している様子がうかがえた。
それにどこかにおどおどしている感じもする。
こんな様子ではコンビニのような仕事はできないかもしれないと思えた。
「優子さんには娘のことでたいへんお骨折りしていただいてありがたいといつも家族で話をしております。
それに娘は優子さんをとても頼りにしておりましたし、感謝しておりました。
私どもにとって娘が亡くなったことが、まだ昨日の事のように思えています。
人間って、たとえ何かが起きてもしばらくすると立ち直るものだと言います。
しかし私の場合はそう簡単にはいかないでいます。
毎日がつらく、試練にしてもあまりにも過酷なのではないかと考え込んでしまうのです」
そう言いながら恵子は頭を垂れた。
「おかあさん。確かに早苗さんの事件はたいへん悲しい出来事でした。
私も娘がいますので、お母さんのお気持ちは察しております。
私だけでなく友達もですが、いまだ早苗の死を信じられないでいるのです。
この間、私たちはご家族のご了解をいただいてシンガポールに行ってきました。

早苗が乗った客船にも乗ってきました。
いろいろなところで考えてみました。
人は誰しも何がしかのお付き合いをして生きています。
楽しくお付き合いをする人ばかりでなく、表面上のお付き合いも多いものです。

嫌いな人も出てくることでしょう。

それらは自分にとって知っている人のことです。

しかしまさか知らない人から恨みをかっていることを予想できる人はおりません。
そういう予想もできないことの中で私たちは生活をしていることを知りました。

それに一番怖いのはやはり人だということがよくわかりました」
「そうなんですよね」と応えながら、さらに肩を落とした恵子は話しを続けようとした。

しかしなかなか言葉が出ない様子に見える。
恵子はハンカチをじっと握りしめたままだった。
優子は、目の前にいるのは{やっぱり早苗のお母さんなんだなぁ}と思いながら見つめていた。
「それで、、、優子さん。
、、あなただけにはお話をしておいたほうがいいと思いました。
娘が本当に親友だと思っていたのは優子さんたちだけでしたから」
「それで何度も夫とは相談したのです。
私と夫だけで、誰にも話さないでいようと思っていました。

実は、、、、」と深いため息を吐いた。
声にならない嗚咽が漏れた。

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