1-98 かすかな兆候

それは小さな出来事から始まった。いや始まっていた。
パティオのその場所の人ごみの中に小さな隙間ができていた。
そこに小さな女の子がうずくまっている。
自分の子供がうずくまっていることに気づいた母親が背中から心配そうに声をかけたのだった。
その周りには何事だろうと言い出す人々が集まる。その中から人の好さそうな人が現れて母親に事情を聴いている。
「いえ、今朝から咳が出て調子が悪いとは思っていましたが、ここまでとは、、、」
すると女の子が少し痙攣しているように見えた。
「おい、様子がおかしいぞ。なんだろう?早く医者を呼んだほうがいい」と言い出す。
その頃にはうずくまった女の子を抱き上げた母を中心にして、人々の小さな輪ができていた。

さっきまでのパーティでのざわめきが急に静かになっていた。
ジュリアもその男もなにか様子がわからないうちに、スタッフから説明を受け、パーティの中止を受け控室へと引き下がって行った。
その女の子は母親に抱かれながら火照った顔をしてときどき咳をしている。
周りの人々が見守ってくれていることに安心感はあるものの母親は心配そうに医者を待っていたのである。
しばらくするとようやく医者と看護婦が現れた。
医者は子供の様子をうかがうと、すぐに看護婦に熱を測らせる。じっと手足にさわりながら様子を見ていたが、熱さましなどを飲ませることを躊躇した。普通の風邪のような症状ではないように思えたのである。
「とにかく医務室に運ぼう」と医者は指示をした。
看護婦は母親から譲り受け、その子を抱きあげた。医者と母親と共にその場を去った。
他のスタッフが「あまりたいしたことではないとは思われますが、念のためにカクテルラウンジに切り替えます」と言い、いままでのパティオパーティの終わりを告げた。
そのパティオにいた人たちは少しずつ去っていく。
優子たちは、まだパティオ内で立ち話を続けていた。
「早苗たちの日本のオフィサーソフト社とシンガポールのDragon社の間に合同プロジェクトが進んでいたという話は早苗からも聞いていたわ。しかしどのような内容なのかはよくわからない。あのパンフレットには「画期的な医療プロジェクト始動」と書いてあって内容は書いてない。なにか宣伝のほうが先行しているようにもみえるわね。宣伝したかったようにも見える」
「だから、あのパンフレットはDragon社が作ったようなのよ。そこの社長の肝いりで。ただしオフィサーソフト社の了解はとっていたとは聞いている」
そこにパティオに何人かのスタッフが現れた。
「すみません。ここにドクターアデナウアーはおられませんか」と何度か声を出す。
誰かが「どうしたんだ」と一人のスタッフに問いただすと「いえ、ただドクターが見つからないので探しに来ただけです」と言う。
「ドクターはさっき子供を連れて医務室に行っただろう」と言うと、「いえ、探しているのは違うドクターです」と答えた。
すると他のところから「それはおそらくここのお客だった人だよ。アメリカから来たドクターでミセス、ジュリアと長話をした人だよ。アメリカの権威あるドクターで、たしか新型インフルエンザだとか特殊なウィルスの研究をしている医者だとかなんとか言っていたよ」と言う。
「でも何故、そのドクター何とかという人を探しているんだ?」とスタッフに問いただす。
「私たちにはよくわかりません。ただ至急探してくれとの指示なので、探しておりますけれど、ドクターアデナウアーはお部屋におられないのです。ですので探しているのです」
すると「そんなに至急ならば船内でアナウンスすればいいじゃないか」と声がかかる。

すると「それはそうなんですが、、、、」と言い淀んでいると、、、、
「おいおい、、、もしかすると大変なことになっているんじゃないか?」
「おい、君、ちゃんと説明してくれ」と何人かがスタッフに詰め寄ってきた。
「すみません。私たちはまったくわからないのです」と答えているうちに、、、
「あっ、はい、、、わかりました。すぐに行きます」とスタッフの一人がイヤホンマイクを使って受け答えをしたのである。

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