1-96 誕生日のお祝い

「織江、、、もう少し離れて、、、そう、そのぐらいの距離をおいてて、、」
「わかった、、、」
優子と織江の後方にも次々にジュリアへと挨拶しようとする人々が列をつくっている。中には子供を連れた夫婦もいる。
ジュリアはドクターアデナウアーと話をしていたが、次に続く客たちのざわめきに気づいた。あまり一人のお客に長く話はできないような雰囲気になっている。この行列に押せ押せの力が加わっている。ジュリアとの挨拶は短い時間で終えなければならない状況になっているのだ。
近づくほどジュリアの朱色と紫に彩られたドレスと胸元には金とダイヤモンドに彩られた宝石がまぶしい。両手のグローブも朱色で合わせている。しかし化粧はそれほど濃くなく東洋人らしく目鼻立ちのさわやかを見せている。決して美人ではないが、どこか気の強そうな感じがする。しかしお客にはにこやかな、ときに笑いを醸し出しながら接している。

その左横では、あの男がジュリアのお客と挨拶が終わったときに、プレゼントを手渡ししているのだ。
優子の前の男女は若い夫婦だった。地元の人らしく、何度も何度も「おめでとうございます、おめでとございます、ミセス、ジュリア」と言い、「今年も新しい催し物があって楽しかったですよ。来年もお会いできますように、また伺えますように」と言うとジュリアは満面の笑みを見せ握手をした。隣の男も「ありがとうございます」とにこやかにプレゼントを夫婦それぞれに渡している。
優子の番になった。
「お誕生日、おめでとうございます。ミセスジュリア。私、初めてこの船に乗せてもらいましたが、たいへん楽しいひとときになりました」というと、ジュリアは「それはそれはよかったわ。ありがとうございます。どちらから来られたのですか?」とにこやかに尋ねてきた。
優子は小声で返答した。ジュリアは優子の声が聞こえなかったので、少し戸惑って聞こえないそぶりを見せる。
優子は口元に右手を当ててジュリアのほうに向けるようにした。するとジュリアは優子の口元のほうに耳を傾けたのである。
今度の優子はジュリアの耳元で「、、、、、、、、」と言葉を発した。
隣のその男は優子の素振りを普通のお客と思って何の気なしに見ていたのだが、すぐに表情が変わっていく。
優子にはジュリアと話をしながら、男の表情の変化をおぼろげながら見えている。

織江は優子の隣にいて、ジュリアと隣のその男の両方の表情をじっと見続けている。
ジュリアは「えっ、アイ、サナエ、、、といいながら目を見張り、そして「私は知らない。何も知らない」と思わず語気を強めた。
優子は「、、、、、、、」と言うと、ジュリアは「知らない、その人のこと、私は何も知らない。まったく知らない」どさらに怒鳴った。
すると優子はにこやかにして「、、、、、、、」と耳元で話すとジュリアは「、、、、」を発しない。
そして優子は「今日は楽しいひとときをありがとうございました。またお会いできますように」
と言った。手を差し出しても優子の差し出した手に気づかず握手しようとしなかった。隣の男を凝視すると、さすがに男はプレゼントを差し出した。目をそらした。
織江は他のお客と同じように誕生日のお祝いを言い、一通りの挨拶をした。しかしジュリアを見ると眼は上目方向で宙を彷徨っている。「おめどうございます」と言っても返事ができないでいる。隣の男のほうは下方に顔を向けてまるで歯噛みするように考え込んでしまっている。しかし織江がじっと待っているとジュリアは握手をして隣の男はプレゼントを差し出した。
後続に並んでいるお客はそれぞれのお祝いを言いながら動き出した。

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