1-89 豪華客船の女旅

早苗がシンガポールで宿泊していたマンダリンホテルはいつものように早苗の勤務する会社関係が使う日本の旅行社を通じてシングルを予約していた。
繁華街から離れたそのマンダリンホテルは日本流に言うとビジネスホテルを少しだけ高級感を持たせたような感じがするホテルだった。出入りする人たちを見るとやはり旅行者が多い。ホテルマンたちに声をかけても宿泊者のことにはあまり関心を持たずに仕事をしているように感じる。
約1年前、早苗がこのホテルをチェックアウトして観光客船ピュアプリンセス号の発着乗り場のある付近まで乗せたタクシーの運転手を探してみたがあいにく居なかった。
ホテルに待機している他の運転手に聞いてみると「その運転手なら明日はここに来るだろう」という。優子が「その運転手にぜひ話を聞きたいし、明日から自分たちも同じピュアプリンセス号に乗る」ことを告げると不思議そうな顔を一瞬したが、すぐに好意的な顔になって、その早苗を乗せた運転手に伝えておくよと言ってくれた。
そして「あの日本人の娘は亡くなっていたんだって?もう1年も前のことなんてあっという間だね。あれはなんかすっきりしない事件で、最初マスコミも騒いでいたけどすぐにその後の二ュースが途切れてしまった。だからその後のことはみんなよく知らないんだ」と言う。
優子と織江はシンガポールは始めてであるが、英語は片言ぐらいは話せる。
翌日、優子と織江はホテルをチェックアウトした。
その運転手は確かにホテルのドア前でうろうろしていた。白髪の短い頭の小太りの男性で、優しそうな感じを漂わせている。
あの運転手は、以前シンガポール警察から何度も尋ねられていることだろう。
優子と織江はホテルの出入り口でうろうろしているその運転手のところに急ぎ足で向かう。
目があうと運転手もにこやかにしてくれ、優子と織江は深々と頭を下げた。
日本人のこうした行動は自然なものだが、現地の運転手にとっては新鮮に感じられるのだろう。特に日本女性の持つ柔らかい仕草に運転手は驚きの様子を見せた。
「あのクルーズは結構、人気があるんですよ、、、海外からも来るし、おいらの娘も乗ったことがあるんだよ、、、、白髪頭をなでながら運転手がバックミラーごしにしゃべり始めた。お客さん、友達?」
「えぇ、そうです、、幼友達なんです。、、、、あの豪華客船の観光をして、その後にその殺された女性のことを詳しく知りたくて来たんです、、、」
「一年前ぐらいになるよね。あの娘さん、、、私が乗せたんだ。だけと実はあまり印象に残っていないんですよ。タクシーに乗せて港で降ろしたというだけのことでほとんどしゃべらなかった。あなたたちに何か参考になるものがあればいいのだけれど、俺は何も知らないんだ」
「はい、、、」
「それにあのニュースは最初、マスコミが騒いで取り上げたけれどその後にどうなっていたのかその詳しくニュースを流していないんですよ。当初は警察もマスコミも俺に詳しく話を聞かせてくれといってきたあと、まるでタクシーが事件の案内役をしていたかのようなニュースの流れ方をしたもんだから、私たちにも印象に残っているし、当時、タクシー仲間でも話題になっていたんだよ。俺にとっては乗せた客だから、しばらくして海中から引き揚げられたっていう気の毒な話を聞いたけど、その後もどうなったのか気にはなっていたんですよ」
「そうなんです。けれど、私たち殺された女性の幼馴染で、いつもいつもその事件のことが気になって気になって頭から離れない。どうしてそういうことになったのか知りたくて来てしまったんです。
でも私たちも女同士の旅で海外旅行は慣れないものですから少し怖いんです。それに彼女、袋に入れられて海に投げ込まれたって言うので、なんてひどいことをする人がいるのかと憤りを抑えられないんです。でも何か船に乗ることも怖くなっているのです。だって周りが海なんですもの、何か起きたら、私は泳げないし、それにあんな事件がシンガポールで起きるなんて日本人は考えもしないし、まさか私たちもと思うと一人ではこれません。
でもなんとかして事件の真相を知りたいんです」
「そう、、あれは悲惨な事件だったよね。さるぐつわされて、ぐるぐる巻きにされ、その上、袋に入れて、またその上からロープで縛り、重石をつけて海に捨てたなんて、前代未聞だよ、
そんなこと一人じゃできねぇ話さ。こりゃあ、複数人の犯罪だってみんな言ってるよ、、まるで日本のやくざの抗争の果てみたいなやりかただな、、、だって生きたまま、放り投げられたって話じゃないか、、、恐ろしい話さ、それに犯人がまったくわからないってんだから、、、でもね、、このクルーズは人気はあまりおとろえないんだよ、、なんてったって、地元の人たちには安く出してるし、食事はうまいって話で、リピートする人も結構いるんだよ。、うちの親戚なんか何回も行ってて、俺も誘われてるんだよ、、、でも心配することはねぇよ、、あの殺された女性は、何事もなく下船したって話だから」

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