1-81 世界に一つもない事例

ここはシンガポール某大学法医学部特別教室にて現地の監察医が説明をし、その都度、通訳官が日本語に通訳をしている。そばには検視官、警察官が同席している。
日本からは行方不明だった愛早苗の父、愛啓介と母、恵子とともに探偵社の和田、早苗の親友である泉優子がその話を聞いている。
「先ほどご覧いただきましたようにご遺体はすでに白骨化しております。約一カ月前に発見されました。
ご遺体は重しを取り付けた麻袋の中に入れられており海中に沈んでおりました。
当初、シンガポール警察のデーターベースなどに該当する人はいませんでした。裸体のために身元が分からず途方に暮れておりましたところが、日本人である愛早苗さんのDNA鑑定のもので一致となったのです」と区切り、一呼吸おいて監察医は続けた。
「ご遺族におかれましては大変ショッキングなこととお察し申し上げます。私どもとしましては事実をそのままに申し上げることをご了承ください。先ほど警察側がご案内、ご説明しました通り、シンガポール海域付近には大雑把に分けると深さのある大型の船が通行する水域と小型の船しか通れない比較的浅瀬の水域とがあります。ご遺体は比較的浅瀬の海域であるシンガポール沖のラッフルズ・ショール付近で見つかりました。この付近を航行していたクルーザーがロープの一片が漂っていることを見つけたのをきっかけにしてご遺体を発見するに至ったのです。重しを設けた麻袋を引き上げまして、麻袋の解放口を開きますとすでに人体が白骨化しておりました。ご遺体は裸であったようで衣服が見当たりませんでした。それに幾重にもロープが巻き付けられていた様子がうかがえました。そして人体で言えば背中側の腰付近に手錠が、その幾重にも巻き付けられたロープに固定されておりました。足には足枷がありました。ですので被害者はロープで幾重にも縛られた上、手錠を後ろ手でかけられて固定されたまま、いわば身動きができない状態で麻袋に入れられ重しを付けられて海中に沈められたものと思います。調べていくうちに肺のあった部分に肺の形をした塊が二つ存在しておりました。その部分の周りの骨を丁寧に外し調べましたところ、肺に流入したと思われる海中のプランクトンなどによりできたものであり、肺そのものではないと判明いたしました。溺れるときには呼吸したいがために急激に肺に海水を吸い込むのです。その後、肺の部分に流入した海水のプランクトンの作用によりこの塊になったことを示しています。つまりそのことにより生きたままこの女性は海中に沈められたと推定されるのです」
啓介と恵子、和田と優子、誰しもうなだれたまま言葉がないままに聴いている。
「、、、ただ、、、疑問点が二つあるのです。
一つは手錠の輪の中には両腕がないことです。足枷には足の部分がありました。
どういうことかと申しますと両肩から両肘の関節部分までがご遺体の側面から後ろ側の方向にありました。しかしその先の両肘関節部分から指先までが人体の前側にあったのです。
つまりこのご遺体の両手はそれぞれ両肩から両肘関節まで体の側面ないし後ろ側の方向にあり、そこから少し離れたところに肘関節から手先までのものが人体の前方向に向かっているのです。
被害者が生きたまま海中に沈められている途中の短い時間内に手錠から両手を抜き出すことは不可能です。
それとも被害者が生きたまま肘から切断されて、殺人者が被害者の人体の前で組ましたのではないかとも考えました。しかしその行為はあまりにも不自然のような気がします。調べてみても関節が切断された様子も形跡もまったくありません。
身体には幾重にもロープを巻き付けた上に後ろ側の腰付近にはそのロープに取り付けて固定されていた鍵のかかった手錠がありました。しかしその手錠の輪の部分の中に手首どころか手の部分がないのです。それとも最初から手錠から外されていたとでもいうのでしょうか?足枷には足の部分があるのです。
手錠だけ使わず手や腕を自由にさせていたとは思えません。もしそうであれば足枷を手で取ったはずだと思います。しかしその形跡はありません。
これはいったいどういうことでしょう?
こんな事例は世界に一つもありません。
もう一つの疑問はこの肘から離れて前方で組まれている両手の組み方です。
これは被害者の意志によるものなのか、それとも加害者がしたことなのか、それとも偶然なのかまったく不明です。
ご覧になったように右手の平を上向きにして右手親指だけを外側に開き、他の右手人差し指、右手中指、右手薬指の三本を内側に折り曲げてグーのような形にしています。残りの右手小指は、もう一方にある左手の平を下向きにしたその左手親指と絡ませてつなげているように見えます。左手の左手人差し指と左手中指、左手薬指は内側に折り曲げてグーのような形になっています。残りの左手小指は外側に伸ばしているようです。つまり仰向けに向けた右手の小指と下向きに向けた左手の親指とを絡ませて両手をつなぐようにしています。その両手の人差し指、中指、薬指ともそれぞれ内側に折り曲げてグーの形にしているのです。そして右手親指と左手小指はそれぞれがどちらも外側に伸ばしているのです。
これらは我々の想像を超えたところに被害者あるいは殺人者の意図したところがあるのかもしれません。
現在、これはと思う世界各国の関係者に問い合わせているのですが、この様子を見て反応してくれるところがあまりありません。
連絡をいただいたところがありますが、この事件の内容がありえないことだというのです。何かの間違いではないのかと。あるいは被害者の両肘は最初から切り離されていたのではないかというのです。それをどこかで見落としているのではないかと疑われている始末でして、、、、、」

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