1-80 ゼロベースの心

 
娘の早苗の行方が分からなくなってもう一年近くなる。
早々に父の愛啓介は探偵社の和田とともにシンガポールへ赴き、シンガポールの警察に早苗の行方不明の調査を依頼していた。和田はいつでもDNA鑑定に使用できるように早苗に関する物を提出していた。現地のシンガポール警察は早苗の行方が分からなくなって日が浅いこともあったが、領事館を通じての依頼なので受理してくれたのである。
多民族国家であるシンガポールは日本の交番制度を取り入れた治安のいい国だと言われている。
初代首相はリー・クアンユー ( Lee Kuan Yew 漢字表記、中国語; 李光耀、日本語読み;り こうよう 1923年9月16日生~2015年3月23日)。1965年8月9日にマレーシア議会はマレーシアの州としてシンガポールとの関係を断ち切る決議をし独立国家としてシンガポールが成立した。天然資源だけでなく人材の乏しさなど取り組まなければならないことが山積していた。多民族国家であり、さまざまな軋轢や苦労は常に付きまとう。複数の人間同士の利害得失、民族間の考え方など多様なごたごたや交渉事はたくさんあったはずだろうが、その弱々しかった国を現代の立派な国家像までに育て上げたのはリークアンユー自身のビジョンや力量それに呼応する人物たちの努力と行動力がなければこのような姿は成し遂げられない。
日本も明治期にはたくさんの紛争があったにも関わらず、勤王という旗印のもとに従うシステムは初代の神武天皇のころから目指してきたものではないかと考えられる。何か緊急のことがあったときにゼロベースの民族の中心となる象徴が古き時代から「天皇」が考察された。その神事が民衆の繁栄の象徴として古代から連綿として現代まで続いてこれたのには脅威さえ感じられる。他国では何か紛争があると勢力によって政治が変わっていく。すでに王そのものが殺されたり、権力者にとってかわられたりしている。支配者がいいときには良いが悪い政治の時には民衆にとって大変なことになる。ところが日本は天皇という形のない動かしがたい象徴があるためにたとえ織田信長が政治を行っても天皇の位に乗り換えることができなかった。むしろそれを利用することしか考えられなかった。それら武士の生き残るための全国的な勢力争いを終結させ結果的に平和を取り戻すことができたのは徳川家康だった。いろいろな議論はあるにせよ、第二次世界大戦前後にはゼロベースであるべき天皇は「神」として政治利用された部分が多くあることだろう。古代、その天皇のシステムを考え、遠い将来を見通せた人物たちによっていくつかの仕組みが組み込まれている。一例で言えば伊勢神宮の建築物を20年ごとに同じものを壊しては作り直すことを現代まで続けてきたことは職人を育て常に技術を風化しないように天皇の神事などを慣習化させてきた。一事が万事、遠大な計画のもとに思考され実行され連綿として続けられていることは不思議さえ感じられる。ハードソフト両面で重要なシステムの中心を保ってきた神事そのものを体現することが皇室なのだろうと考えられる。
その要旨は人の心と身体の活かし方によく似ている。
健康な生活をしたいと思えば心を平和で安定させ体のバランスを健康的に保つようでなければならない。
免疫力とか生命力といわれるものは常にそれを保とうとする力が無意識に働いている。
それがなんらかの危険な状態に陥りそうな場合、意識が作用し深層無意識を動かすことがありえる。
一例になるかどうかわからないが坂本龍馬の志と行動をみればよく分かる。
人間の細胞一つ一つは志を持てばその希望を考慮しながら行動する。つまりどんな病になったとしても志やビジョンや希望があり自分を信じる力があればおのずから立ちはだかるものがあったとしてもそれを乗り越えようと働くのである。坂本龍馬の場合は日本を助けたいという志と行動だった。
たとえ龍馬のように志半ばで暗殺されたとしてもそれに続く命を厭わぬ細胞たちは黙ってはいない。ビジョンが明確でさえあればそれに参加する細胞の頭脳が計画を立て活動しているのである。
よってたとえ人は生活に苦しみに倒れそうになっても病で死にそうになってもくじけてはいけない。よこしまな考えがない志で行動すれば立ちはだかる壁は乗り越えられる。いじめや悪口や嫉妬や意地悪をする人も因果応報の結果になる。
寿命が来るときには来る。死んだ細胞は生き返らないにしても「生きる」という本質さえ了解すれば周りには必ず助ける勢いのある細胞たちが控えている感じることができる。そして我ではない「無」という心の動きさえあれば、大きな作用が働きだすことだろう。
どこの国も良い点悪い点は常にある。いい評判も悪い評判もある。
リークアンユーは国家建設と国民の生活に人生を捧げ庶民に愛された人物である。
今でもシンガポールの街中で人々と話をしてみるとリークアンユーの話はよく出てくる。
日本には何度か立ち寄っているが、日本人の生活スタイルに流れる精神性がどのように活用されているかを考察し、自国の状況に合わせて取り入れようとする姿勢は変わらなかった。

日本の交番のシステムも取り入れている。ただ職業警察官は日本が30万人ともいわれるのに対してシンガポールでは4万人くらいである。しかし路上を含めた街中には監視カメラが縦横に設置してある。常に先進的な思考を取り入れようとした。その結果、おそらく国民一人当たりの生産性は日本より高く、犯罪発生率は低いと思われる。リークアンユー亡き後もその姿勢は受け継がれているようである。
そのシンガポールの国内治安を業とする警察から現地の日本大使館を通じて、愛啓介に連絡が来たというのだった。
それが娘で行方不明である早苗のDNA鑑定と一致したという連絡だった。

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