1-61 死んでもらいます。

浴衣に着替えた二人が下駄の歯を敷いてある砂利をぎしり、ぎしりときしませながら、ペンション「ソリエ」の出入り口から出てきた。 
「おい、あれは対と女だぞ。 どうだ、そうだろ?」 
「あ~、そうです、そうです」 
和田は早速ビデオカメラを構える。隣のチエも遅ればせながら同様にそのスイッチを入れている。
対と女は露天風呂までをゆっくりと歩いたあとその扉の鍵を対が開ける間、女は空を見上げながら黙って待っている。 
まわりは暗いが絶好のビデオチャンスだ。大事な証拠のひとつになる。 
女は露天風呂の前で「きれい、きれい、」夜空を見上げ唐突に叫びながら、対の肩に手を回したのだが、対はそれに返答もせず誘うように露天風呂へと女を促した。
露天風呂は屋根は設置してあるものの、その屋根の四方から夜空がのぞけるような形であった。
形のはっきりとした星々がまばらに広がり都会にない夜空を醸し出している。
星空と露天風呂、そしてかすかに舞い上がる風が肌をよぎる。
薄暗い灯りと夜空から漏れてくる光が二つの裸体を柔らかく反射しその影をなまめかしくする。かすかに草ぶきの香りを含んだ立ち上る湯煙は重なり合いながら舞い、踊るようにして上昇していく。
足音を忍ばせてその露天風呂の建物近くまで行ってみることにした。
聞こえる、聞こえる、比較的はっきりと対と女の話声が聞こえてくる。
{ いちゃついている、、、}この露天風呂の建物自体が密閉されていないのがわかる。
まわりが静かすぎるから、露天風呂内の二人の会話が外に筒抜けなのだ。
和田はチエのところに戻って、録音の指示をする。
「周りに注意しろよ」暗黙の指示をする。
チエはうなずいて、機材を設置しに向かった。
元の張り込み位置に戻ると「かなりいちゃついていましたね、、うまく音、録れそうです」とチエは言う。
「気分も開放的なんだろうな、酒もだいぶ入っているし」
「あんないちゃついているのを依頼者が聴きかれたら大変ですよね、、それに、、、、、
ねえ、あとでゆっくりHしょうね、、、、うふふっ、あっ、いやだー」な~んて女のほうが言ってましたよ。
確かに周りが静かなので、意外と聞こえるのである。
「まったく、、、」
チエのなぜか生き生きした表情に見えた。
澄み渡る気の中で夜空の輝きを仰ぎ見ていると、「さっき背中の流しっこしていたようですよ」とチエは小さい声で言う。
「まったくなぁ、、いい気なもんだなぁ、しかも平日だしなぁ、
対は家を出るとき、奥さんに何て言ってきたんだろう?」
「そうですよね、、いやぁ~ねぇ、、」
「お前ならどうする? 夫の浮気を知ったら」
「死んでもらいます」
「えっ? 何?」
「え、、私が妻なら許しませんから」
「死んでもらいます?、、って言わなかった?」
「はぁ、言いましたけど」
「どういうこと?」
「自分でするのは嫌ですから」

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