1-59 地の利

タクシーは走り出すと、すぐに和田は話しかけた。
「運転手さん、、、その先のところを右にぐるっと回ってください、、、、、、、そう、そこを、、
それでもう少し先であちら向きにして停車してください」
運転手の肩越しに腕を伸ばして指し示す。
まだタクシーは駅区域内の少しばかり走らせただけなので、対と女が気をつけて見ていれば、このタクシーの動きが一目瞭然なのだが、、、まぁ見ていても気にすることはないだろう。
この辺の停車位置だと、このタクシーの中から、タクシースタンドで待っている対と女の動きがわかる。
運転手はちらちらと怪訝な顔でバックミラー越しに和田たちを見ている。
「はいはい、ここら辺でいいです、それで全部ライトを消してもらえます? 、、、、ありがとう、いやちょつとね、事情がありましてね、、、それにしてもここのタクシースタンドにはなかなかタクシーが来ませんねぇ?」
「そうね、もう今の時間はね」
「運転手さん、、あのタクシースタンドで待っている二人いるでしょう?実はね、あの二人を尾行しているんですよ」
「、、探偵さんですか?」一応、、、、さんづけはしてくれた。 
刑事には見えないらしい。
「まあ、そうです、ここであの二人を取り逃がすわけにはいかないんです。これから運転手さんにうまく尾行してもらいたいんです」
「はぁ、それは大変ですね、、でも私はやったことがないんでわかりませんよ」
と言いながらもこの中年の運転手はまんざらでない様子なのだ。
「それでね、運転手さん、、、、」運転手と打ち合わせを行う。
「えぇ、」と運転手は声のトーンが多少上ずりながら返事をする。
なかなか協力的な態度で、尾行に興味が湧いてきたのか、面白がっている様子にも見える。
あのタクシースタンドのほうでは対と女が立ち上がったり、ぶらぶらしたりしているのが見えた。
だいぶ伊豆高原の生涼しい夜風が強くなってきたようで、そばの草木がなびいている。
そうこうしているうちに一台のタクシーがスタンドに到着した。
対が先で次に女がタクシーの後部座席に乗り込もうとしているのが見える。
{ さあ、いよいよだ、、、 }身が引き締まる。
ここが締めくくりの勝負どころなのである。
彼らの乗り込んだタクシーの動きをじっと注視する。
「出ていい、と言ってから出発して下さいね」と和田は運転手に念をおした。
まず出だしが肝心なのである。
「はい」運転手の素直な声が響く。
彼らの乗り込んだタクシーはもう広場を通り過ぎようとしている。
「さあ、それじゃあ、静かに動かしてください、、、」
いよいよタクシーは彼らの乗ったタクシーの追跡をするのだ。
{ が、、、、しかし、、、なんで、、、こんなに出だしがのろいの?、、 それにしてもこの運転手、、、出だしが遅すぎる、、、おいおい、、距離をおきすぎると思うが大丈夫かなぁ、、、}
夜の伊豆高原は建物が少なく見晴らしはいいが、さすがに道路も閑散としている。
夜だし離れすぎてもまずいから心配になる。
走っている道はなだらかな曲線を描いているし視界もそんなによくないのだから、距離をおいているから気をつけていないと見失ってしまう、、、、かといってもあまりに近づくわけにはいかないし、、、。
前方を走るタクシーは大通りから5分ぐらい走って左に折れ、
林のあるほうに向かっていくように感じたのだが、何度も右折左折を繰り返しているうちにどちらの方向に向かっているかさっぱりわからなくなった。
そしてこんどはなだらかな傾斜になり、前方を走るタクシーは国道からはずれて、すでに林道に入っていると運転手が教えてくれた。
「どっちに向かっているのでしょうね?」
「まあ、こっちはペンションの方向ですね。」
「一本道のようですね」
「今のところはね、この先、いくつか分かれ道がありますから、どっちへ行くでしょうねぇ、、、」
様子を見ているとこの運転手さん、、都会の運転手とは違う、、、地の利はもちろんあるはずだが、、、たしかに都会の人間ではない、、、、、、、「夜目」が鋭いようなのだ。
前方の車が急にスピードを緩めて、分かれ道を右へ曲がっていく。
運転手は慣れた手つきで、距離をおいてついていく。
「この先、四、五軒、泊まるところがありますよ」
そう運転手が言っているうちに対と女が乗っているタクシーが前方で止まったようだ。
「あっ、運転手さんここらへんで止めて、ライトも全部消してください」
木々の間からわずかに見える前方に止まっている彼らのタクシーを見守る。
「よし、チエ、静かに行け。 運転手さんドアを開けてください」
ドアが開き、室内灯が灯る。
「あっ、運転手さん、その明かりを消して」
「、、、」運転手は室内灯をすばやく消す。
「よし、気をつけてな、あわてるな、任せるぞチエ」チエの背中を押すように言った。
チエにはすでに何をすべきかを伝えてある。
林の中に降り立ったチエは、ザワ、ザワ、ザワ、ザワと葉や草を踏みつけながら、腰を低くして目標に向かっていった。
和田はチエが出て行ったとき開けた車の自動ドアを運転手が閉ようとするのを手で押さえた。
万が一にも対や女にこちらの車のドアの閉める音の気配に感ずかれたくない。
ドアを手で誘導しながら仮に閉じるようにしておいた。


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