1-58 葛藤と沈黙

{ もしかすると、、、間違っていたのかも、、、}
さっき一度見失ったときにチエに「お前はそっちのほうで見張っていろ、絶対見失うなよ」と和田は指示していたような気がしてきた。
{ 、、そうかもしれない、、、いや、確かにそうだ、、、 }だんだん思い出してきた。
いまでは勘違いをしていたのはどうも私のほうだったような気がしている。
そうだとすれば和田は忘れっぽいさに恥ずかしくなっている。
対と女はこのタクシースタンドという小さなたて看板の後ろ側にあるベンチに座って静かに話し込んでいる。近くなのだが彼らの声が小さすぎて聞こえない。
今かけている携帯電話を一旦、切るようなしぐさをしたあと、他の人にも電話をかけるように装った。そして今度はチエに直接、電話をすることにしたのだ。
{ そうだ、、なんでそのことに気づかなかったのか、、、馬鹿だな、俺は、、}
和田の頭の中がぐるぐる回る。
「る。。。。る。。。。る。。。。」と和田はチエに電話をかけた。
「あっ、はい、、もしもし、、、」チエが電話に出た。
「あ~俺、俺、、、さっきはごめんね~~あ、もしもし、こっちにタクシースタンドがあるんだよ。そろそろタクシーが来ると思うから、早くこちらに来てよ」といいながら、私はチエの返事を促してみた。
「私にそちらに来いということですよね? もうこちらのほうはいいということですよね?」チエは念をおしている。
「はい、はい、そうですよ、、お願いね。」
そしてチエがようやく動き出した。
携帯電話を切った。ようやく気持ちが落ち着いた。夜風が顔に触れているのを感じる。
{ あれっ、何かヒリヒリしているなぁ、、、 }
手を当ててみると、携帯電話の話し声が外に洩れないように長い間、耳に強く押し付けてすぎていたようだ。
{ 耳が、、、ヒリヒリする、、、、痛~~、、、 }
対と女は和田のことをまったく不審に思っていないようだ。
いや、もともと対象者たちは、周りのことに関心がなかったというべきか、、、
ヒリヒリして丸く赤く染まった右耳をさすっていると、後ろ側のベンチに座っている対と女のおしゃべりがやんだ。
静かな夜の暗いタクシースタンドには私と近くにいる対と女の三人だけ。
伊豆高原の沈黙の闇が広がっていてなんとなくやれきれない。
駅近くで誰かが車で向かえに来たらしく、乗車して去っていく様子が遠めに見える。
夏の終わりでもさすがに伊豆高原の夜風は冷たいくらいになっている。
この時間ではタクシースタンドに来る人はいないようだ。考えてみれば、旅行者ならすでに泊まるところに着いていなければおかしい時間ではある。
駅からの光を背中に受け、かすかに足音が近づいてきた。チエである。
和田はすかさず「結構、寒くなってきたな?」と近寄ってきたチエにウインクしながら招き入れる。
「そうですね、、、、、?」チエはきょとんとしている。
{ 日ごろはおしゃべりなチエなんだが、、なぜか乗ってこないな、、、それとも緊張してる、、、そうは見えないが?、、対と女の様子を探っているということか、、 }
対と女のほうは途切れながらもぼそぼそと会話をしているようだ。
まあ不自然ではないのだが、ただ落ち着けない時間がゆっくりとすぎていく。
そして和田たちもしゃべることがなくなってつい黙ってしまう。
しばらくすると小さな明かりがちらちらと向かってきているようだ。
{ おっ、、、タクシーのようだ、、}と和田は心の中で呟いた。
ようやくタクシーがこのスタンドに到着した。私たち二人はひとまず乗車する。
後部の自動ドアを閉めた運転手が「どこですか?」と聞いてきたので、「まずは動かしてください、、知り合いがまだ到着していないので、この辺で少し待ちたいんです」と私は答えたのだが、運転手は「はぁ、じゃあ、ここで」と言って車を動かそうとしない。
「いや、運転手さん、ここじゃあ、まずい、、、、そうだ、、いえ、いや、ちょつと、、、少しぐるっと走ってくれませんか?」
「ぐるっと、、? 、、走るんですか?」
「はい、お願いします」
タクシーの運転手は怪訝な顔でバックミラー越しに後部座席の私たちをちらちらと見たあと車はゆっくりと動き出した。
対と女はタクシースタンドで次のタクシーを待っている。

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