1-52 発想の応用


その矢先、対らしき人物が出てきたではないか。
{ あれれっ、対じゃないか? }予想より早い。早すぎる。
こと調査というものは予想を裏切ることはしょっちゅう。しかも必ずと言っていいほどいろんな邪魔が入ったりする。
しかたがない。和田は一人でそそくさと対を追いかけることにした。
「ルルル、、、」「ルルル、、」「ルルル、、、」と和田の携帯電話が鳴っている。
車担当のケンからだ。「うん、対なのはわかっている。 お前、チエに連絡してくれ」
和田は対を見失わないように慎重につけていく。
対は前回と同じような感じの背広姿で歩いている。
渋谷駅ハチ公前の交差点で止まった。ここで少しは時間を稼げる。
対を目で注視しながらも「ルルル、、、」「ルルル、、、」とチエに電話をかける。なかなかチエは出ない。交差点の雑踏に消え入りそうになる対を見失わないように位置をとっていく。
長い信号が変わり、対が歩き出した。対は携帯電話で話しながら駅方向に向かっている。{、、たくっ、こういうときにはチエは電話に出ないな、、何やってんだ、、}
尾行というのは簡単そうで、そう簡単ではない。いままで知らない人だった人を尾行するのだから、その対に一切感じられずに尾行を続けなければならない。通常、大組織での尾行などであれば複数人によっての対の尾行ができるわけだから、それほど問題はないとはいえよう。しかしほとんどの探偵社は少人数の組織である。だから尾行を続けるには、尾行する側の姿はできるだけ対に見られないほうがいいに決まっている。しかし見られたとしても対は尾行されていると思っていないはずだから、通常ならばほとんど問題はない。ところが尾行者が何度か対の視界に入ったり、印象に残る姿を見られ、対の記憶に残ったりすると{あれっ?、さっき見た人じゃないか?}と感じられることがある。結果的に自分が尾行されていると感じられたら尾行を続けるのはできなくなる。もし対が何か秘密事を持っていて、尾行されるかもしれないと少しでもそういう不安があるとすれば、最初から警戒されることになるから尾行自体が難しい。だが通常はそういう人はあまりいない。しかし最初から警戒する対を最初のほうでうまくやりとげることができさえすれば、警戒心を解くことになるから、その後の尾行はとても楽なのである。しかしこれまた難しいものだ。
この発想はいろいろな機会や商売などで応用できる。
 対はJR渋谷駅のハチ公口側の改札へと入っていく。
そして山手線内回りホームへと上がった。
{ ん、、恵比寿、、、品川方面、、か? }するするとホームへ電車が入ってきた。
こちらもやっとチエが電話に出た。やっと電話が通じたのだ。
すかさず「 おい、いつもとは逆だ、品川方面、もう電車が来た、俺は乗るぞ、急げ!」
「はい」やけに落ち着いたチエの返事が聞こえる。
和田は、すぐに電話を切って対に目を馳せる。
{ おいおい、チエはやけに落ち着いていたな? 近くにでもいるのか? 和田はそれどころじゃない } ラッシュアワーだけに相当込み合っている。和田は対の後方側から乗り込む。
{ ちょっと離れすぎかな? } と思いつつ、対のいる方向を見つめると、、、
{ あの辺にいるはずだ }だが混んでいて人の頭で対の姿は見えない。
電車は動き出す。これじゃあ、おそらくチエは、この電車に間に合っていないだろう。
しばらくするとチエからメールが届いたのだろうか、携帯電話の振動が私に伝わってくる。
電車は次の停車駅の目黒駅に入っていく。
{ メールなんか、見てられない、それより対は何処に立っているのだろう、対はまさか、用を思い出して急に降りたとか、いやいるはずだぞ } 和田は対が見えない不安から額付近に汗がにじみ出そうである。
しかしこの目黒駅での乗り降りでごった返しの隙間から、やっと対がちらりと見え隠れした。やっと安堵した。
そして電車は和田とチエと対を乗せたままスィ~ッと出発した。
メールを見ると { 今、向かっています } とチエからのものだった。
{ そんなことはわかっているよ、早く来い } 和田は目黒駅を通過している旨の返信メールを急いで打つ。
{ いったい対はこれからどこに行こうとしているのか、、、?}
チエが尾行に間に合わなかったのは和田の油断からだった。
よくまぁ、チエに飲物を買いに行かせているタイミングに対が出てきたものだ。タイミングが良すぎる。
この調査は二日目だったし、3人で張り込みしているから少し慢心していたのか、こんな早い時間に対は建物から出てこないだろうと高をくくっていたのだ。
しかし { そんな反省しているうちに見失ったら大変だ } と一人で尾行している自分の気を引き締める。
電車内の対は携帯電話でメールをし続けていたが、しだいにそわそわし始めているような感じがする。{ もしかしたら、次の駅で降りる? }
いつのまにか電車は品川駅に着こうとしている。対は鞄を体に引き寄せ、前の乗客の背中を押すように近づいてドア側に向いている。
{ チエに連絡をするのは後にしよう、 油断をすると見失うぞ } と和田が思っていると電車は品川駅に到着してドアが開いた。
案の定、対は降りていく。和田もその動きを見て降りようとするが、前の人たちがつっかえて降りようにもなかなか降りられない。
{ まずい、、 }
和田は思わず「すいませ~ん」と一声を放つ。
だが前方の乗客の一人がちらりと振り返りながら怪訝な目で和田を見やっただけである。
降りようにもすぐに降りられない状況なのだというゼスチャアなのだろう。
{こりゃあ、、、まずい、、} と思ったそのとき、その一声の効果が少しあったのか、なんとか人々の群れに隙間ができた。和田はその隙間をめがけて、{ それっ! } とばかりに対の出た方向へとダッシュする。
だが、そのために一瞬、対を見失ってしまっていたようなのだ。
{ まずい! }和田は動揺しながらあたりを見回す。
{ だがまだ遠ざかってはいないはず! }
夕方の品川駅は混雑しているし見失ったら最後だ。和田は必死な思いで目玉ギョロギョロ { 逃がしたら、あの二人に何と思われるか、、、、}
こんなときに脳裏によぎっている。変なプライド?被害妄想気味タイプ?

まわりは似たような濃紺のスーツ姿サラリーマンたちやOLたちが歩いているのだ。早くしないと完全に見失うぞ。
{ どこだ、どこだ、どこなんだ!!、、 }
すでに和田の心は悲痛の叫びに変わっていった、、、、

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