1-51 とびっきりの笑顔

ありがたいこと?にチエは余計な追尾はしなかった。
しかし調査初日にしてはどっと疲れた。
ビデオカメラで建物などを撮った後、今日の調査を終わりにするつもりで、さりげなくチエの方向を向くと近づいていたチエは和田にとびっきりの笑顔で応えた。
そうされるとどうも文句を言いたい気持ちが失せてくるものだ。
チエは何か言われると思っていたのだろうか、口早に報告を始める。
和田は聞きながら「、、そう、さっきのコンビニ、、 旅行雑誌ね? ふぅ~ん、、」
{、、、もしかすると重要な情報かもしれない?、、、 } そう思った。
「、、、わかったよ、、それじゃあ、、、さてと、、、」と和田が言った途端、チエは「あっ、私、これから用事があるんですけど、今日はこれでいいですかぁ~」と言い出す。
「、、ん、まぁ、今日はいいけれど、、、ただ、、、明日午後から別の仕事があるからな
、、、、まあ、、いいよ」と応えると、「ありがとうございます、、それじゃあ~、お疲れ様でした~~」と間髪をいれない。{ なんて調子のいい奴だ、、} と思っているうちに、もうするりときびすを返して小走りで走り去っているのだ。
和田は「はいはい、さようなら」と独り言を言いながら一人で先ほどのコンビニに向かうことにした。
さて店内に入ると、対の見ていた雑誌コーナーでその雑誌はすぐに見つかった。
ページをめくってみると{ ほ~~}確かに関東近郊の温泉についての特集ページが載っている。{ なるほど対はこれを見ていたということか、、}


後日、調査2回目である。
この日は夏の暑い日の木曜日だった。
和田は午後4時半すぎに再び道玄坂の現場に到着した。
対象者は1回目と同じ泉純一である。
現場には車で来るようにとケンとチエに指示しておいたのだが、今日もまだいい張込場所を確保できていないようで張込みの車は場違いなところに駐車していた。
さすがにそばにケンとチエが立っている。和田の前回の怒り?教えが少しは生きているようだ。
建物の出入り口の対が確実に見える場所に駐車したいのだが、そこには数台の車がすでに駐車しているから、まだ無理の様子。今日の調査で二度目だし、通常はこのような場所での張込みのための車は、対が車やタクシーを使用するとき意外はあまり必要ない。というのは渋谷の道玄坂だからそれなりの人通りはあるし、よほどのことがないかぎり、張込みのための車なしでも対に感じられることはないのだから。まず面取りは問題ないだろう。
ただ今日はなんとはなしに張込用の車を用意しておきたいと思った。
それに車を手配したのには理由がある。
ケンとチエの二人に { 対に悟られにくい人通りの多い場所だが、人通りが多い分、見失う恐れも多い。念には念ということもある。調査は慎重にするものだよ } という和田の暗黙の示唆なのである。{ あの二人はそのことを感じてくれるだろうか? } と思う。
先日の和田の「怒鳴り」が少しはきいているのか、張込み車の近くにいたケンとチエは和田が近づくと二人とも気持ちのよい挨拶をしてくれる。
{ うん、挨拶だけはできるようになったな } と和田はこんなことで感心している。
これでも入社したての頃は、挨拶がよくなかった二人である。
どちらかというとケンのほうが挨拶の印象がよくなかった。
あごでしゃくったような感じて「おはようっす」ってな感じ、だった。それも小声で。
チエは一応の挨拶はするが、型どおりのぼそぼそ声。
しかし最近は慣れなのだろうか、二人とも挨拶と笑顔が自然と出てきているように思える。
三人で今日の調査の打ち合わせをしていると建物の出入口付近の車が動き出す。
「おっ、どうだ、あそこは?」対の勤務する建物の道路対岸側に止まっていた白い車が移動しようとしているのを和田は見つける。
「あそこの場所に車を置こう」
「やってみますか」すぐにケンが張込用の車に向かっていく。
「チエ、その場所をとりに行け」すぐに行って場所を確保しないと他の車が来て停車や駐車されてしまうのだ。
「はい」
道玄坂では車の量が多く渋滞しやすいので車の流れは遅い。こちらの車高は他の駐車している車と比べて高いほうではあるが、この車を駐車させる場所が対の出入りする建物の出入り口とは対岸側になるから、まれに流れている車がうちの車より大きいワゴン車だとかぶってしまって、肝心の対の出入りするところが確認しづらくなることもある。
{ でもまあ、ここでしょうがないかなぁ、、}今のところベストだろう。
現場というのは思うようにはいかないもので、、、、何かがあるものだ。
午後5時半になった。
和田とチエは車の張込配置のいい所が空くまでは、車外で張込をしている。
まだ残暑には程遠いほどで日差しは柔らかになっているが、やたらにのどが渇く。
{ まだ対が出てくるには時間的に早いだろう }と和田はチエに3人分の飲み物を買ってくるように指示する。
ケンは対岸側に駐車している車の中で見張っている。こういうときは、3人が互いに少しずつ油断をする傾向がある。ただし性格にもよるが。本当にしっかりした人であれば、どこでもしっかりしようとするし、自立していない人ほど誰かを頼りにするものだ。
この辺は人通りが多く、人が街に溶け込みやすいから、張り込みも比較的やりやすい場所だからこそ、余計油断をしやすいとも言えよう。
{ 今日もまたどこもびっしり駐車しているなぁ }とのんきに思っていたところ、、、

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