1-44 再会する友情

  
夫は地元の大阪で悩んだ末に退職し、自分の会社を興こすためにこの東京に移り住んだ。

それから数年経った。
「会社を大きくして営業所を全国各地に作るぞ。金がいくらあっても足りない」と酒の匂いをぷんぷんさせながら携帯電話でしゃべっていたのを優子は漏れ聞いている。小さい会社でも社長としての苦労は並大抵でないことぐらいは察している。だから妻としては生活費を切り詰め、家庭を守るという気持ちでいるのだが、最近の夫はいままでとは違う感じがしていた。
仕事で夫の帰宅時間がたびたび遅くなるのはしょうがないにしても夜の生活で、いままでなかったようなことを要求してくる夫に憂鬱になっていた優子なのだが、そんなことを誰かに相談する気にもなれないでいる。
家族の誰かが怪我や病気をしたとか、仕事のことで悩み事があるとしてもそれなりに頑張ってはいける。家族のことは夫婦で相談しながら助け合っていける。娘のゆむいにしてもまだ幼いのに医者からは先天性自閉症かもしれないという聞きなれない症状名を言い出されたので優子はうむいの将来のことも案じている。
だが浮気というのはお金で女を買ったのと違う。優子にとって裏切りなのである。お金で女を買っただけでも夫に触れたくないと優子は思う。男も女も不倫や浮気はよくあることという風潮のこの頃ではあるが、いざ自分が裏切られる立場にたつと日ごろのテレビ報道を見るときの感情とはまったく違うのだ。
結婚したら浮気というものはありえるものだと思ってはいたものの、現実を目のあたりにしてみると夫婦のわだかまりが心の中で渦巻いてくるのだった。
それに浮気だけではなかった、、、、。
もっと大事なこと、、、、。
優子は夕暮れの池袋の街を歩きながらさまざまな思いにふけっている。
早苗との約束場所であるその居酒屋が視界に入ってきた。
優子はハンカチを取り出し、目じりにあてた後、握りしめながらハンドバッグに押し込んだ。
居酒屋のドアを開けた。

ざわめきと酒と魚の匂いが一気に優子を包み込む。
奥のほうにいる早苗が手を振るのが見える。
{ 今日は飲もうかな、、、}と優子は思った。

そして、、、小2時間ほど。
二人は居酒屋を充分に堪能した。

優子と早苗は居酒屋を出た。

街に出る。

早苗は優子の腕を組んだ。
少しばかり熱気が残る夜の街は二人を包み込みながら一緒に歩いている。
だいぶ二人は飲んではいたものの足取りはしっかりしている。
「飲みなおそう、家で、リーダー」早苗は優子の腕をさらに抱え込んだ。
「そうね」
通りでタクシーを拾う。
「新大塚駅のほうへお願いします」
二人を乗せたタクシーはすべるようにして出発する。
タクシーの中でも早苗は優子の腕を再び抱え込む。
互いに東京に住んでいて会おうと思えばいつでも会えるという気持ちだったが、それぞれの棲む日々がその機会を遠ざけていた。ゆっくりとお酒を飲んで話をする機会は最近はなかったように思う。それには居酒屋は不向きに思えた。
タクシーから見える街並みが流れていく。
今は流れ去る人生のひとときに大好きな優子とともに過ごしている。
日々のわだかまりが消えたように思える。

{ これからお話しすることが山ほどある }
タクシーの中で二人は黙っていた。
まるで互いのときのずれを埋め合わせるかのように。
早苗のマンションは地下鉄丸の内線・新大塚駅から歩いて数分のところにある。
大通りに面しているので周辺は比較的明るく、若い女性が一人遅い時間に帰ってもそれほど怖くない。
早苗はマンション前にタクシーを止めてもらった。
優子がタクシー料金を支払おうとしたところを早苗は押しとどめて「はいはい、出て~」と優子を押し出した。
二人はマンションに入る。
二人を降ろしたタクシーはすぐに走り去っていく。
「お酒はまかしといて、用意してあるわよ」と言いながら、早苗はポストの郵便物をバックに入れたあと鍵を取り出してオートロックのドアを開ける。
エレベーターは2機。1階に止まっているエレベーターに二人は乗り込む。
このマンションの外見はどこにでもあるような建物だが内装はこぎれいな造りになっている。
二人を乗せたエレベーターは上がっていく。
そのときマンションの入り口に向かってカツ、カツ、カツ、カツ、カッ、カッ、カツ、カツ、カッ。ヒールの小音が近づいて止まった。
そして昇っていくエレベーターの数値を注視する。
外にはもう一人。
、、、、関心を寄せる者は誰もいない、、、、、

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