1-41 創業のとき

泉純一は「エアプリティ」社は東京都渋谷区道玄坂に起業した。
前の会社の後輩二人が協力してくれるので三人で発足することになった。
会社の出資金は純一の貯めていたお金を使った。それとともに実はその金額以上を妻である優子の父、尾崎義三から借りているのである。
もちろん純一が「エアプリティ」の代表取締役社長になった。
純一は勝算がなければ独立などしないし、というよりこの業界に大きなチャンスがあると見込んでいるのには背景があった。
もともと前の大手の会社(A社)に勤めているときは電子関係の技術開発をしていたのだが、空気清浄機という比較的、新しい市場のために担当部署にまわされたのだった。
最初、気乗りしない分野であったが、研究開発を積み重ねていくうちに面白みも湧き、この業界の将来性を見込めるようになった。しかしその業界ではトップ企業といわれるまでになっていくうちに研究開発者や技術者らと間にさまざまな軋轢がうまれ、人間関係に悩まされていくようになった。
そこで組織の一部の動きとして「早期退職者募集」ということが持ち上がり、気に食わない者を追い出しにかかる雰囲気があったのである。
純一としては組織内の悩みをかかえながら、仕事を進めていくことに苦痛を覚えた。
排他的なそして策略の影を組織のどこかに感じてはいたが、この雰囲気を変えるというより、これをなにがしかの機会と考えることにしたのである。というのは純一が空気清浄機の研究や技術開発を進めていくうちに内密ではあるが自分なりに得たものがあると確信した。
それをもってすれば小さいながらもいままでの商品を凌駕する高品質のものが造れるし、新しく参入しても成功するという自信があった。
その思いを営業の後輩二人に打診したところ、乗り気になってくれたのである。
そうはいってもこんど純一が設立した新参者の「エアプリティ」社が市場から認識されるまでは時間がかかるだろうし、会社経営も初めてのことだから簡単にはいかないことぐらい純一は覚悟している。頼りは技術力と若い二人の営業マンなのだが、二人に任せるつもりはない。営業は社長みずから飛び込むのだから合計三人になる。
世間では室内から放出される害毒・ホルムアルデヒドやタバコの害などのことは知れ渡り、健康ブームも手伝ってか追い風となっており、空気清浄機の市場自体は静かに広がりつつある。先行している大手メーカーが一般家庭のマーケットを対象としているのとは違い、純一の「エアプリティ」社はホテルやレストランなど専門的な市場に狙いを定めることにしたのだ。
エアプリティ社の販売しようとしている空気清浄機はその主要部分に新しい電子制御方法を用いているのが特長だった。
従来はモーターファンを回すことで部屋の空気を回転させ、その空気の中の汚れを集塵フィルターに集めるものが主流だった。ところがエアプリティ社の販売するものは集塵装置の部分が特殊な電子装置と安価な特殊紙で構成する筒状の「セル方式」と名づけた物でできていおり、この部分で汚れやほこりを、焼き付けたり集塵する方式なのである。
いままでのタバコの煙や有害物質などを集塵フィルターで捕らえるというよりもこのセル部分の特殊な紙に焼き付けてしまうので集塵が簡単で今までより強力だった。
モーターファンを取り付けるタイプでもいいし、取り付けないタイプはより小型化できる。
部屋に静かな対流を起こして集塵するこの方式の効果は他社のものより優れていたようである。それに従来の集塵フィルターによる空気清浄機はそのフィルターを掃除したり、繁茂に取り替える換える必要があったが、このセル方式だと長期間交換しなくてもいいし、セル部分の特殊紙は使い捨てであり安価だった。
小型、軽量化され集塵効果がより優れており、手間がかからずランニングコストが低くなり、結果的に商品の価格が非常に安くできる。
いいことずくめに思える空気清浄機ではあったし飲食店やホテル、レストランや事務所などで静穏なこの空気清浄機は好評だとの声が聞こえている。
{ 市場に新規参入する場合、優位的な差別化ができなければライバル社に太刀打ちできない、、、それに営業力があればこしたことがないけれど、うちのような小さな会社で力を発揮させるには商品自体に営業力を持たせるべきであり、販路を広げる原動力になるのだ }と純一は思う。
だが商品の優位性ややりがいとは違い、純一は煩雑さも感じる。
会社の設立や維持、売り込み用のデモ機器の準備。
宣伝ちらし、パンフレットの作成、配布。商品のセールス。
それと少ロットとはいえ量産化するための型枠の製造。
受注をしたあとの設置、商品保管する倉庫の手配。
設置した後のアフターフォローなどめまぐるしくやることは多かった。
{ あぁ、、、人材とお金がいくらあっても足らない、、、

これが創業というものなんだ、、、} と感じていた。
会社員時代の純一は技術畑だったから、商品開発に熱をあげていて、販売することについてはまったく考えたことはなかったのだが、自分が社長になってみると自分たちの手で開発した商品を自分たちの手で売っていくという、いままでとは180度、違う感覚で仕事を進めなければならない。商品の優秀性とその差別化、さらに価格の差を見せつけて売り込めば、必ず市場が反応してくるものだと純一は思っていた。
もちろん商品を購入してもらうのには時間がかかることだろうことは認識している。
エアプリティ社を設立し、全社員といっても営業経験のある部下の二人と社長の純一だけの三人だけだから機動力としてはそれほどのものはないのだが、純一としては「どんな大企業も出だしは一人や二人の発想から始まるものなんだ」と熱い意気込みだけはあった。
ただ実際、街中に出て、飛び込みの売り込みもしてみると事務所や店舗などはそうそうやすやすと契約はしてくれないことを痛いほどよくわかることになる。
自分が思っていたほどの反応が飛び込んだ店などに感じられないことが、最初の頃わからなかった。空気の汚れやすい飲食店なら興味を示すところが多いものだが、通常の店舗や事務所ではそれほどの「引き」がないことを知る。
考えてみれば当たり前かもしれないなぁと思う。たしかに客先に必要性がなければ商品自体に興味を示さない。当然、商品金額と維持費、メンテナンス代など費用が掛かるのである。
こんな当たり前のことが、自分にはわからなかったことに想像力の不足を恥じ入った。{ 足を使って汗をかいて営業までしなければ、こんなことがわからないなんて、なんて情けない男なんだろう }と純一は思った。
商品に自信をもっていた自分、その自分の頭脳のなさ、戦略性のなさにあきれている。
市場というものは自分たちが惚れている高いクオリティ商品だとしても市場そのものは思うように反応してくれないものなのだということがようやくわかってきたのである。
しかし、、、

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