1-24 シンガポール機内にて


依頼された翌々日、探偵の和田は早苗の父である愛啓介とともに娘の早苗の消息を探すべくシンガポールへ向けて飛び立つことになった。
機上になった二人の話が一段落したあと、和田はどっぷりと座席に深く座り、思いにふけっている。先ほどまでの啓介の話を思い出していた。
「そうですね。あの子はどちらかというと小さいころからおとなしいほうでしたが、こうと決めたらなかなか引かないたちでした。友達は多くもなく少なくもないと思いますが、なかでも優子さんとはとてもよくしていただいているようです。娘の勤務先のことはよくわからないのですが、忙しくて帰りが遅くなるというので昨年、私の埼玉の実家を出て一人住まいを始めたのです。一人住まいも仕事も楽しんでいる感じがしていました」
「早苗さんが誰かに恨まれるようなことはなかったでしょうか?」
「よくわかりませんが、早苗からはそのようなことで悩んでるとかはまったく感じられませんでした。それは家内も言っています」
「最近の早苗さんとお話されたのはいつ頃ですか?」
「そうですね。早苗は一ヶ月に一度くらいの間隔で私どもに電話をくれますが、先日くれたとき私とは少ししか話ができませんでしたが、妻のほうとはしばらく話をしておりました」
「どんな様子でした?」
「別段変わった様子はありませんでした。妻と早苗とは女同士でもありますからね。くだらない話で楽しそうにしていました。あまり悩みとかはないような感じでした。ですので早苗の消息がわからないことの理由が私たち家族には全く思い浮かばないのです」
「早苗さんはジャニーズの嵐のグッズを集められていたようですね?」
「グッズのことはよくわかりません。私は嵐というタレントさんのことはあまり知らないのです。家内はよく知っていて、誰それはかわいいとか、誰と誰が仲がいいとか、この間も早苗と電話で楽しそうに話はしていましたね」
「早苗さんが仕事でシンガポールへ行くことは、ご家族はご存知なかったのですよね?」
「えぇ、まったく誰も知らなかったのです」
「奥さんもですか?」
「そうなんです。家内にも話していなかったようです。仕事で行くからだったからでしょうか?」
「うふぅ、、む」
シンガポールへ向かう機内は空席がほとんどなく、旅行者の男女やビジネスマン、日本人や各国からの乗客が、くつろいだ雰囲気でフライトを続けている。
和田はこのフライトをしている時間を利用して、今回の資料の準備や整理を終えた。次に機器の準備をしておくことにした。準備といってもビデオカメラのチェックや録音機の録音済みのものを保存、消去などをして整理しておくのである。和田は手元においた録音器のスイッチを入り切りしながら耳に流している。
人の話や音を紙に記載しようとすれば抱えきれないほどのページ数になる。しかしこんなちぃちゃな録音機で簡単に録音できるというのは、考えてみれば不思議なものである。
機器や周辺機器は年々、進化を続けている。しかし生活も便利になっているはずなのに、何かが進歩していないように感じられるのはなぜだろうかとふと思った。
インターネットが日常の生活に浸透し、言葉や慣習などが違う国々の人たちと通信を利用して、互いにコミュニケーションをとろうとするのには楽しいし有意義な面がある一方、逆に危険性が高まることにもつながっている。翻訳機能が充実して言葉の壁が少しずつ低くなってくればくるほど互いのコミュニケーショが、うまくとれているだろうという思い込みや意識の隙間を利用した犯罪が発生することは目に見えているのである。それに手軽に海外に行けるようになった日本人が、知らないままに危険な地域を行き来して突然、犯罪に巻き込まれることも増えている。行方不明になっている早苗がある程度、英語を流暢に話せ、海外の事情に明るいほうとはいえ、日本人女性を見たら、近づいてくる危険な人物もいるかもしれない。早苗が所持している携帯電話がいつまでも通じないのは、異常事態の可能性が高いことを示している。隣で眠っている早苗の父の啓介は、娘が今、どういうことになっているのか深刻な気分に違いない。
そんなことを考えていると、「、、、ふふふっ、、、」と聞こえてきた。
{誰?、、、}と和田は振り向いた。

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