1-13 競争と紛争

早苗は大学卒業と同時にソフトウェア関連のオフィサーソフト社に就職した。
入社当時は事務的な仕事に携わっていたが、持ち前の負けん気でソフトウェアの開発を経て、いまでは営業のリーダー的存在にまでになっていた。
ソフトウェア業界の競争は厳しさを増しており、日進月歩ではなくまさに秒進分歩とでもいうべく変貌自在の業態だった。国内だけでなく欧米やインドや中国などさまざまな国との熾烈な競争も生じている。インターネット上では瞬時に力関係が変わることがある状況において早苗の勤務するオフィサーソフト社としても、その事業計画の戦略的な遠望をしなければならない次期に差し掛かっていた。オフィサーソフト社では、いくつかの国内外のプロジェクトチームを組んで顧客のさまざまな要望に柔軟に対応できる体制を整えるため、その一環として早苗はソフトウェアの開発部門から海外での情報収集や市場開拓に力を入れなければならない立場にシフトしていて、第一期の海外プロジェクトチームのリーダーとなり、社の期待を集めていたのである。必然的に国内外への出張も多くなっていた。
いままではソフトウェアの開発だけを考えるだけでよかった自分が、これからはもっと視野を広げていかなければならないような立場になっている。自分では同僚に負けたくない、取り残されたくないという気持ちでいままで働いてきた。もとのソフトウェア開発の先進的な実務に戻りたいと思う気持ちが強かったのだが、社の方針があるので、そうも言っておられない。それに早苗は比較的、英語が堪能だった。しだいに海外の企業のトップや高い地位にある人たちとも比較的簡単に会う機会もあるようになりつつあった。早苗はそれもよしとしているし、その実務は戦略的であり刺激的な新鮮味を感じていた。
今日は久しぶりに優子と早苗はいつのまにかこの居酒屋になじんでいた。ここのお客はいつのまにか増えていて注文の声が天井を飛び交いざわめきが常に漂っている。「すみませ~ん。日本酒のぬる燗をお願いします」と早苗はビアジョッキを横にどけて好きな日本酒を注文した。隣のテーブルでは学生らしき数人の男女が、ときおり声を大きくしながらの議論が聞こえている。
「だってえ、、、、だってぇ、いつまでもパレスチナとイスラエルが戦争してるっていったって、なんでアメリカがしゃしゃり出てくるわけ?」ショートヘアの女性が口を尖らせるようにして向かいのメガネの男に言っている。
「そりゃあ、アメリカだって目的がなけりゃあ、外国にのこのこ出て行くわけないよ。あのアフガンだってイラクへだって紛争をしているところへ行ったのは、正義感だけじゃないはずだよ。もちろんボランティアでもない。海外の資源や利権の縄張り争いみたいなものだし、、」
「そうそう、もし戦争にでもなりゃあ、アメリカの持っている古い爆弾を、使ってしまおうって魂胆もあるらしいぜ。ついでに新しい兵器の試射もできる。そうすりゃあ、兵器の増産ともっと新しい兵器の開発にも繋がるからな。要は軍需産業が潤うって寸法よ。つまりは外向きと内向き両方の利権業界と政府とがつながっている、、」
「世界平和」っていうけれど、そういうところにアメリカのポリテックパワーの裏の姿が見え隠れしてるんだと思うよ。ただそれはアメリカだけとは限らねぇし、ほかの国も似たり寄ったりのところがあるだろうけどな。だから紛争はいたるところにある。アメリカの情報収集はすごいだろうと思うよ。いろいろなスパイたちがうようよ世界に存在している。日本はスパイ天国だという人もいる。どちらにせよアメリカは利ありと判断すれば、何かの理由をつけ、正義の旗を立て世界の警察官顔しながら目的地へと介入していくことになる。見返りを求めてね。まぁパレスチナとイスラエルの紛争にアメリカがしゃしゃり出るというのは、ちょっと特殊な感じがするけどね」
「そうだね、パレスチナ人だってイスラエル人だって戦争は嫌に決まっているのだろうけれど長い戦争になってしまっている。たいへんな生活だよ。想像しただけでも。僕らが見る報道では破壊された状況や苦しく生活する人たちの姿を現場の人や報道カメラマンたちは世界に伝えたいんだろうね。考えてみれば誰だって家族が目の前で殺されたとしたら、、、狂うよ。、、目の前でなくても殺した相手が見えなくても復讐したい気になるよな。だから紛争はその怨念の仕返し、そしてそれらの重複になってくる。簡単に紛争は終わらないし、絶えない」赤ら顔の男が言う。
「だけどもともと隣同士の民族みたいなものでしょ、、土地を奪い返したとか自分たちの権利だとか、昔からのことがあるのかもしれないけれど。でもいつまでも自分たちで解決できなきゃ、どこかが仲介するしかないのじゃないの?そりゃあ国連がしっかりしていればいいのだろうけれど、なんか国連って骨抜きされてるって感じもするしね?」
「いや、まさに争いじゃなくて殺し合いの状況を仲介をするのはむずかしいはずだよ」
「そうね、、、結局、殺し合いなのよね、、、それってみんな男たちよ。動物の場合は、喧嘩はするけど殺し合いするのはあまりないはずだし、集団で殺し合いを続けるっていうのは人間だけじゃない?そんなとき戦争を始めるのはいつも男に決まっているし、あとあと泣くのは、いつも女子供じゃないの。。、、、どこの紛争でも弱いものが一番先に泣くのよ、、、、いつまで戦争を続ける気なの、、、仕返しばかり続けていたってきりがないんだから、、ほんと恨みをどこかで断ち切ってほしいわ、、、どっちみち生活している人たちが苦しむだけなんだから、、」と長い髪の女学生が嘆いた。

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