1-2 早苗の部屋

外は肌寒かった。
和田は探偵所スタッフのチエという女性を呼んだ。チエは皆ににこやかに軽く会釈をした。
和田とチエ、早苗の両親と優子の5人はワンボックスカーに乗り込んで探偵社を出発した。
チエは車の後部座席に並んで座っていたのだが、愛早苗の消息不明の話を聞くにおよんでただならぬ気持ちだった。というのはチエも嵐の大ファンで、彼女も休みをとって嵐の台北公演を観てきたばかりだったのだ。で、実は次に開催される2008年の11月1日(土)と11月2日(日)のソウル公演、そして11月15日(土)と11月16日(日)の上海公演予定を楽しみにしていたのである。
チエは同じ嵐のファンである愛早苗という女性が行方不明だということを他人事とは思えなかった。嵐を好きな人の消息がわからないと聞くや、なんとか力になりたいと申し出たのである。

大塚にある早苗の自宅マンションはそれほど遠くはなかった。
しばらくして一同を乗せた車は早苗の住むマンションに到着した。
父親の啓介は大家から預かっていた合鍵でオートロックを開け、そしてエレーターで上がり、701のその部屋のドアを開けた。
部屋の中の入り口すぐにあるスイッチを入れると薄暗かったワンルームの部屋全体がパッと明るくなった。人の気配はなくカーテンは閉まっている。
「念のためですが部屋のものに直接、手をふれないようにしましょうか」と言いながら和田は手袋を皆に見渡した。早苗の両親も親友の優子も探偵のチエも手袋を用意していなかった。警察の言うように部屋は整理整頓されていて荒らされた様子もなく、特に不審さはないように思われた。和田は、じっとしていたかと思うと動き出し動き出したかと思うとじっとしていたが、しばらくすると、「ちょっとお聞きしますが、早苗さんはきれい好きのように思えますがいかがでしょう?」と言い出した。
「そうです。たいへんきれい好きで、ちょつと神経質なところがあります」
「ちょつとこれを見ていただきたいのですが、、、」
「この机の表面なんです。できれば息止めてじっくり見ていただきたいのです」と言われて一同はかわるがわるじっと見つめていった。しかし見終わったあとチエは声を出した。
「机の表面でしょ?別に変わったところはないように思えますけど」
「どなたかお気づきになられたでしょうか?」
早苗の両親は意味合いがわからず首をかしげている。優子は黙っている。
「もう一度、どうぞよ~く見てください。この表面の埃です」再び、みんながかわるがわる机の表面を見つめた。
「そういえば表面の埃が一定というよりかまばらにあるように見えるところがあるようですけれど」と見終わった優子は言った。
「そうですよね、まばらなところがあるようです。普通、テーブルでも机でも全面を一度に拭きますよね。しかしちょっとこれは違うところがあります」そう和田に言われてもう一度、皆は
かわるがわる机の表面を斜めからじっと見つめた。こんどは長い時間がかかった。
「これはもしかすると、、、」見終わった優子は和田を向いて言った。
「これって、もしかすると、、」
「おそらくそうです。この付近ですが、なにか置いてあったようにようですね。
この辺の部分と周りの部分の埃の量が違うようです」と和田は指差した。
「どういうことなのか教えていただけませんか?」早苗の男親の敬介は心配そうに声を出し、妻の恵子は隣にいて黙っている。
「早苗さんはきれい好きとのことですから、部屋はよく掃除をされると思うのです。
普通、机の表面を拭くときは置いてあるものを片付けたあと、その表面全体をきれいに拭くはずですよね。そして拭いたあとに元のように物を戻すと思うのです。ところが、これをよく見ると以前、何か物を置いてあったような部分のようなのです。そこの埃のつき方とその周りのと違いがあるように見えるのです。つまり机を拭いたあとに何かを置いていた。
そしてその物を何日後かに持ち去ったような、、、形跡が、、」
「というと、どうゆうことなのですか?」と啓介は心配そうに言ったが、優子は言い出した。
「私もそう言われて思い出したことがあるのですが、以前にこの部屋にお邪魔したことがあって、そのとき1台の黒色のノートパソコンが、たしかこの机の上に置いてあったと思います」
「早苗さんが、パソコンを持って海外に行ったということなのでしょう?」とチエは言い出す。
「でも、この机に置いてあったそのノートパソコンには、彼女が集めたお気に入りの嵐のシールを飾っていて、普段は持ち出さないようなことを言っていました」
「それは本当ですか?」と和田は優子を見つめながら言った。
「だとしても、やっぱりご本人が持ち出したものでしょうから問題ありませんよね」
とチエは言ったのだが、「いや、そうじゃないかもしれない」と和田はさえぎった。

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